想像した世界を実現させるためのブレイクスルーを目指して 樋口 能士

想像した世界を実現させるためのブレイクスルーを目指して 樋口 能士
理工学部 環境システム工学科 樋口 能士 教授
単元に関係するキーワード 科学と人間生活「微生物とその利用」

身の回りには,工場や車の排気ガスのにおい,生物が腐敗して発生した硫黄系のにおいなどたくさんの「悪臭」が発生しています。樋口先生は,微生物の力を最大限に引き出すことで,これらの問題の解決に挑戦しています。

生物の力で脱臭する

「小さいときはゴミ収集車に興味を持ったり,下水道を探検しに行ったり『臭いにおい』に興味がありました」と話す先生は,大学の頃から,微生物を使った脱臭装置についての研究を行っています。装置には細かく切られたスポンジに似た担体が詰まっており,においの原因物質を分解する何種類もの微生物が生態系をつくって増殖しています。そこに悪臭を通すことで,原因物質が分解されにおいを軽減することができます。

たとえば,生き物が死ぬと硫黄系の悪臭が発生します。このにおいを分解する微生物は自然界にもいるので,装置の担体で増殖させることができれば,硫黄系のにおいを吸収する装置の完成です。このように,増殖させる微生物の種類により,さまざまなにおいを分解することができるため,すでに下水処理場などでの脱臭に使われています。

心地よい生態系をつくり出す

一方で,この技術を広めるためには,より高い脱臭効果を引き出すことが必要です。そのために着目したポイントが,分解菌が増殖するための土台になる担体でした。効率よく分解菌が増殖するためには,ほどよい含水量を保つこと,また担体同士を積み重ねても空気の通り道が確保できることなどを実現しなければいけません。担体の素材や大きさ,形を変え,空気の通りやすさを示す「通気抵抗」と,悪臭の減少程度を示す「変換効率」を調べたところ,必要十分な堅さと極めて高い含水量を維持できるV字の形の担体で一番効率がよい結果となりました。「効率は上がりましたが,今度は担体の価格が高くなりすぎて,なかなか実装できませんでした。みんなに使ってもらうためには,次のブレイクスルーが必要ですね」と苦笑いします。

微生物の可能性を引き出そう

新たなブレイクスルーに向けて,現在取り組んでいるのが,トルエンやベンゼンなどの有機系化合物の除去です。塗装や印刷の工場から排出されるこれらの有機系ガスには水に溶けにくいという特徴があり,また装置の中で微生物が増殖しすぎるとガスと接する面積が少なくなり,あまり分解ができません。そこで,現在注目しているのが微生物がガスを取り込むメカニズムです。トルエンを取り入れて分解する微生物も,世の中にはわずかながら存在しています。そういった微生物は,水に溶けにくい疎水性のトルエンを効果的に水に溶かして体内に取り入れるためのしくみを持つはずです。このような微生物のしくみを発見し,その機能を最大限に発揮できる環境を装置の中でつくることができれば,装置の性能を格段に向上させることができると考えています。

「世界に技術を広めるには,ひとつひとつの問題を解決していくだけではだめなんです。みんなが使える形を考え,実現していくことも重要なのです」。小さな生き物が持つ,大きな可能性を引き出すため,先生の挑戦は今日も続きます。

掲載内容は取材当時の情報となります
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