生命現象の実態に迫るイメージングの最先端
観察は生命科学において最も強力な研究手法だが、空間分解能の問題や、時間分解能の問題、さらには生体組織内部での光の内部散乱による観察の困難さなど、様々な問題が多くの研究者の前に立ちはだかってきた。
こうした問題に対して幾多の工夫と技術革新が行われてきた。
光学顕微鏡はその物理的な限界を越える観察法が開発され、深部の観察も徐々にその到達深度を深めつつある。
ようやく研究者にその間口が拓かれてきた新たなイメージング手法について、その一端を取り上げる。
より深く、より詳しいレベルでの分子局在・動態の理解
タンパク質の局在、分子動態をより組織の深いところで追跡する、あるいはより高い空間分解能で詳細な分子動態を調べるための手法はこの10年ほどで技術革新が進んでいる。2014年の超解像顕微鏡技術に関するノーベル賞はその象徴的なできごとのひとつだろう。STEDはライカマイクロシステムズから、PALMはカールツァイスマイクロスコピーが独占的にライセンスを受け製品化されている。国内勢では株式会社ニコンからは超解像顕微鏡N-SIMが製品化されており、オリンパス株式会社からは2015年にFV-1200での超解像撮影を可能にするオプション装置が発売予定だ。PALMは解像度で他の技術の上を行く代わりに、その特性からライブイメージングは不得手。一方で他の3種は解像度ではやや劣るもののライブセルイメージングへの応用が可能だ。200nmという光学顕微鏡の検出限界を超える技術によって、より詳細な細胞内でのタンパク質の挙動が明らかになってくることが期待される。詳細はp.10-11に譲りたい。
Z軸方向に注目すると、上述の方法では1mmを越えることは難しさをともなう。一方で、生きたままの状態という条件を捨てる代わりに、あるタイミングで止めた時の状態を深部まで解析できる技術が多く現れている。理化学研究所の宮脇敦史氏らのグループが、2011年に透明化溶剤を利用した組織の固定化と透明化を実現する方法Scaleを報告して以降、透明化法の発表が相次いだ。2013年には理化学研究所の今井猛氏らから高濃度のフルクトース溶液を利用したSeeDB、同年の3月には透明化溶剤を用いない方法としてスタンフォード大学のDiesserothらがCLARITYを発表している。さらに、2014年に入ってからは理化学研究所の上田泰己氏らのグループが透明化溶剤と画像解析パイプラインを組合せたイメージング技術CUBICを発表し、マウスの脳だけでなく、個体でも組織透明化を利用した1細胞レベルでのイメージングを実現している。
低分子を利用して情報を得る
酵素反応や組織内部の環境に応答する発光団を持った化合物の利用は、リアルタイムで生きたままの状態を計測する手法として有効な手段だ。とくに、変化が起こった瞬間をとらえられるという意味で、その意義は大きい。蛍光団の場合、化合物の分子骨格の状態や、分子内での電子の移動の有無で、蛍光強度や色が大きく変化する。東京大学薬学系研究科の浦野泰照氏、花岡健二郎氏らはこうした変化を利用することで、カルシウム、NOのイメージング用プローブの開発に成功している。
また、核酸のイメージングでも新たな手法が出てきている。RNAの検出は蛍光 in situ ハイブリダイゼーションが一般的だが、従来法よりも感度が高い検出試薬RNA scopeが株式会社医学生物学研究所から出ている。1コピーからでも検出できることを特徴としてあげているため、コピー数の少ないRNAをターゲットとしている方にとっては、新たな選択肢となる可能性がある。また、メルク株式会社からは、別のコンセプトの製品が発売されている。製品名はSmartFlare™。エンドサイトーシスで細胞内に取り込まれるため、RNAのライブセルイメージングを可能にする。検出プローブがターゲットRNAと結合するとクエンチ状態が解除され、蛍光を発するというシンプルなメカニズムで検出を行う。この手法についてはp.14-15でも取り上げているので、参照されたい。
染色無しで内部状態を調べる製品の登場
プローブ無しで検出できる装置も製品化が進んでいる。代表的なものとして、ラマン顕微鏡があげられる。タンパク質中のアミド結合、C-H結合など、タンパク質・核酸・脂質といった生体組織内の成分ごとに、固有のラマン散乱スペクトルが得られることを利用する。例えば、同じ組織でも正常細胞とがん細胞では細胞を構成している成分や、組織の状態が異なってくるため、ラマン顕微鏡で計測することで、その違いを区別することができる。レニショー株式会社やナノフォトン株式会社などから製品が出ている。レニショー株式会社の製品については、p12-13で取り上げた。
また、その他の検出技術として、光音響顕微鏡がある。光を生体に照射すると、その光吸収で生体内特定分子が励起状態となって熱が発生する。この熱によって分子が振動して光音響波が生じる。これを検出する方法だ。光音響波効果は生体内赤血球中のヘモグロビンやメラニンなどに効果的に発生することが知られており、こうした分野を中心に開発が進んできた。コーンズテクノロジー株式会社が市場に製品を投入し始めたところで、現状の装置でXY方向が5µm、Z方向が15µmという分解能を持っている。
このように、少しの例をあげただけでも多様な技術がこの数年で登場してきている。これまでやり慣れた手法に、新たな方法を加えることで、研究の幅がさらに広がる方もいるのではないかだろうか。