手先の器用さは どのようにつくられる? 村田 弓
4足歩行から2足歩行になったことで,サルは両手が使えるようになりました。手作業は脳のさまざまな部位を活性化するといわれており,サルの脳が大きく発達したのもそのためだと考えられています。では,脳はどうやって手の器用さを決めているのでしょうか。
脳に障害を起こして働きを調べる
脳機能を調べる実験には高いハードルがあります。ヒトの脳を手術して改変することは,技術的にも倫理的にも難しく,実験によく用いられるハエやマウスなどは,そもそも手作業をすることができません。そこで,産業技術総合研究所の村田弓さんらは,サルの脳に障害を起こすことで,どのように手作業が回復するのかを調べています。
まず,運動機能に関係するとされる部分の脳細胞を,薬物を投与することによって破壊し,手を動かしにくくします。そうして障害を負ったサルを2グループに分け,一方には何もさせずに自然回復を,もう一方には,リハビリとしてたまごボーロのような小さいお菓子をつまむ動作を強制的に毎日1時間ずつ練習させました。
脳の機能が向上すれば器用になれる?
その結果,リハビリを行ったサルは,自然回復よりも短い期間で手が元通りに動くようになりました。手作業が短期間で回復したサルの脳を観察すると,実験後に新しく活性化するようになった場所がありました。それは「運動前野腹側部」と呼ばれる部位で,薬剤でこの部分を抑制させて手作業を行うと,リハビリの効果が薄れて,回復していた手が動かしにくくなりました。この部分には「運動する能力を新しくつくり出す」役割があるのかもしれません。
運動前野腹側部の働きについて研究が進めば,人の場合でもケガなどの後のリハビリをより効果的にできる知見が生まれる可能性があります。
さらには,「失った動きを取り戻す」だけでなく,「手先が器用になる」ための方法もわかってくれば……と夢がふくらみます。器用さを司る脳の機能を向上させることで,誰もが超絶技巧ピアニストや彫刻芸術家になれる未来がやってくるかもしれないからです。 (文・篠澤 裕介)