アルツハイマー病の 根本治療を目指して 杉本 八郎

アルツハイマー病の 根本治療を目指して 杉本 八郎

杉本 八郎 (すぎもとはちろう)さん Ph.D. 博士 ( 薬学 )
同志社大学 脳科学研究科・神経疾患研究センター
チェア・プロフェッサー(教授)
グリーン・テック株式会社 代表取締役会長

アルツハイマー型認知症治療薬「アリセプト」をはじめ、2 度の新薬 開発に成功した杉本八郎さんは、72 歳を迎えた現在も同志社大学教授、 ベンチャー企業グリーン・テックの代表などを兼任し、研究を続けている。輝かしい研究成果を挙げ、理想的なキャリアを歩んでいるように見えるが、彼の研究人生は波乱に満ちていたという。

 

自分は自分で教育する

家が貧しく、勉強ができる方ではな かった杉本さんは当時、周囲からは全く 期待されていない小学生だった。「だか らこそ、受け身で教えてもらうことをやめて、『自分は自分で教育する』という とても重要なポイントに、早い段階で気 づくことができました」。大学に通うこ とができず、工業高校卒業後、当時まだ 数百人の中堅規模だったエーザイ株式会 社に入社。「高卒の自分でも高学歴の人 たちの中に埋没せず、やって行けるはず だ」と考えたのだが、実際には大学卒の 人との間に大きな知識の差を感じること となる。そこで、研究補助員として働き ながら夜間部の大学に通い、その差を必 死で埋めていった。そして、高血圧治療 薬ブナゾシン(商品名デタントール、後 に緑内障、高眼圧症治療剤としてもつか われる)や、世界で初めてアルツハイ マー病治療薬の承認を受けたドネペジル 塩酸塩(商品名アリセプト)など、成功 率 0.02%以下といわれる新薬開発の世 界で、2つの薬を成功に導いたのだ。そ の功績から、製薬分野のノーベル賞とも いわれる英国ガリアン賞特別賞を受賞し ている。「人生に正解なんてない。困難 を突破するのに必要なものは根拠のない 自信なんです。根拠ある自信は、ロジッ クで崩されてしまうからね」と笑う。

強い意思で、人生すべてを当たりくじに

アリセプトが臨床試験に入ったころ、杉本さんは研究開発職から人事職への異 動を命じられた。研究を続けたい彼に とって、左遷とも思える不本意な人事 だったという。しかし、このキャリアチェ ンジでさえも、持ち前の夢を追う強い意 志で逆境をチャンスに変えていく。採用 活動の一環で全国の大学を訪問する傍 ら、各地の研究者と親しくなり、新たな シーズを発掘。研究開発のコーディネー ターとして製品に関わり続けたのだ。オ フィスにいるときには毎晩図書館に通っ てアリセプト関連の論文を書き、学位を 取得することができた。

 1997 年に行われたアトランタでの新 薬の発表会。2500 名を超える MR を前 に、杉本さんはアリセプト開発の代表と して発表の機会を得る。その内容は素晴 らしく、会場ではスタンディングオベー ションが巻き起こった。「その時、名刺 の肩書が人事部だったことでみんな驚い ていましたよ(笑)。目の前にあること はすべてチャンス。志があればチャンス の種は拾えるんです」。この実績をうけ て、副所長として研究現場への復帰が叶 い、現在は大学教員としてアルツハイ マー研究の第一線を走り続けている。

自分の枠をとり払え

大学教員になってからも、研究活動の 傍ら、ベンチャー企業の立ち上げ、若手 研究者の育成など常に全力で取り組んで きた。その中で、「蚤の曲芸という話が あるが、これと同じ思考に陥ってしまう若者が多い」と感じるこことがよくある という。蚤は本来驚異的な跳躍力をも つ。しかしガラスの丸い瓶に蓋をして閉 じこめておくと、やがて蚤は飛ぶことを 諦めてしまい歩き出す。そこで蚤を瓶か ら取り出してサーカスを仕込むのだ。こ れは明治時代にフランスから来た大道芸 だ。ここで杉本さんが言いたいのは「な ぜ蚤はもう 1 回飛ばなかったのか」とい うこと。望み通りのポジションではない から、研究業績が少ないから、まだ経験 が少ないから、そんな小さな理由だけで 自分の可能性に蓋をしてはいないだろう か。やらないうちから、できないと決め つけてはいないだろうか。「自分の枠を 作らず、存分に力を発揮するチャンスが 必要なのかもしれません」。そんな経験 を積んだ若者が、日本の将来を担うこと を杉本さんは願っている。(文 神庭圭 佑)