臨床現場で本当に使える バイオマーカー・診断機器をつくる
とにかく本気で研究成果を実用化したい、そのためのシステムを作ろう。そんな熱い想いの基礎医学研究者、医療系関連企業、そして医師により構成されている組織がある。2015年2月2日に開催された「第4回研究交流フォーラム」の会場で、2人のキーマンにお話を伺った。
「実用化」に必要な人的ネットワークを築く
この組織のルーツは10年以上前にある。それは、東京都医学総合研究所の芝﨑太氏が発起人となり、企業やアカデミアの研究者、臨床医、さらには投資家などがメンバーの、新規診断薬や新規医薬品の開発に向けた勉強会だ。 芝﨑氏は臨床医の経験もつんでいる基礎研究者であり、本当に現場で求められている医薬品や機器の開発をしたいと考えていた。しかし、いくら研究者に素晴らしいアイデア・研究成果があっても製品開発では失敗してしまうことが多い。複数の企業とパートナーを組むため利害関係を調整したり、製品化までの業務推進を行ったりするコーディネーターの存在が重要なのだ。そんな役割を担ったのが小出徹氏だ。小出氏は中外製薬株式会社で、医薬品が市場にでるまでの研究開発や知財管理などの経験を一通り積んできた、言わば製品化から上市までのプロフェッショナルだ。
芝崎氏は、小出氏を始めとする信頼のおける仲間を勉強会に集め、基礎研究と臨床現場と産業界が入ったネットワークとしていった。2009年に鉱工業技術研究組合制度(昭和36年創設)が改正され、バイオ系の産学連携でも技術研究組合という新しい形を取れるようになり、2011年に東京バイオマーカー・イノベーション技術研究組合(Tokyo Biomarker Innovation Research Association: TOBIRA)が発足するに至った。
これにより、産学連携による研究成果からプロジェクトごとに会社を設立することが可能になった。現在では、基幹研究組合員として東京都医学総合研究所、東京都健康長寿医療センター、首都大学東京、東京農工大学が、基幹アカデミア法人組合員として中小企業や大企業の新規事業部門などの10以上の企業が組織を構成する仲間となっている。
本当に「実用化」する研究
「我々の使命として、企業では手を出しにくいような、ハイリスクだが次世代に求められるようなものを作ろうと思ってアイデアをだしています」と芝崎氏。現在動いているプロジェクトは全部で5つ。すでに製品化され完了しているプロジェクトもある。
例えば、将来的なクリニックでの遺伝子診断を見据えた、高速遺伝子増幅装置の開発があった。芝崎氏はメーカーを集め、熱く激を飛ばす。「世界一の速さが重要なんじゃない、忙しい開業医には複雑な処理を徹底的に省き、ボタン一つで解析スタートできることが必要だ。だからスピードは現在の2時間から10分以内に、でも価格は100万円以下」。当初は無理難題と思われたが、製品化に必要な技術をもったTOBIRAの企業3−4社が意気投合し、どのような熱源と検出器にするのかといった細部の話し合いが重ねられるようになる。プロジェクトが始まると、メンバーが費用と技術を持ち寄り開発が進められる。そして今年、ついに第三世代の汎用型のマシンがリリースされることになった。遺伝子診断がなんと10分でできるというのだ。
「初期3年はハードルの低い診断薬のプロジェクトを進めてきましたが、いよいよ創薬を始めますよ」と二人は嬉しそうに顔を見合わせる。TOBIRAには東京都医学総合研究所や東京都健康長寿医療センターがメンバーとして入っていることで、企業単独の開発では困難な開発初期の段階で臨床サンプルを使った検証が行えるというメリットがある。「患者さんを第一に考えた新規医薬品を開発します。TOBIRAは、メンバーの想いが開発に反映されつつ実用化まで行える、ちょうどよい大きさの組織なんだと思います。ここから将来的にベンチャーが誕生するといいですね」と小出氏は力強く語った。
未来を目指して
TOBIRAでは毎年一回「研究交流フォーラム」を開催し、東京都関連の病院や研究所で実施されている研究テーマの発表や企業との交流が行われている。去る2月2日に行われた第4回のフォーラムでは、第3回TOBIRA研究助成に応募された研究テーマの中から第一次審査を通過したテーマの研究発表と受賞者の発表が行われた。
審査では、学問として素晴らしいことだけではなく、新規性、ビジネス性、実践性、特許をとっている技術であること、数年後の市場に出るのに適しているかという面が総合的に評価されている。受賞テーマの中からは、優秀なものがあればプロジェクト化もあると小出氏。組織に新しい風を次々と入れつつ、より活性化した組織を目指す。
最後に、TOBIRAの未来について芝崎氏に伺った。「とにかく創薬系が足りないのでそういうテーマをどんどん立ち上げたいと思っています。そして将来的には、太陽電池のバイオ版みたいな壮大なプロジェクトをやりたいですね。太陽電池って一人の研究者やたったひとつの企業では成し得ない大きなプロジェクト。研究者、企業、臨床現場そして患者さんが知恵や知財や資金を寄せて、最終的にみんながメリットを得られるような、そんなことをしたいです」。
2人のキーマンの話しから、実用化に成功するための秘策は実施する人たちの信頼によるつながりが大事であること、そして何より人を動かす情熱であることが伝わってきた。今後のTOBIRAの成果に目が離せない。