環境変化の調査を通して人間を研究する 秋山 知宏
どうしても,水問題の研究をしたかった
大学生の頃から,将来は研究者になると決めていた。その想いばかりが先行し,研究者になるためにはどうすればいいのだろうかという,研究者への道筋は頭の中になかった。
最初のきっかけは,『Who will feed China』という本との出会いにあった。近い未来,中国の大穀倉地帯において,地下水の過剰な汲み上げによって農業生産力が大幅に低下し,世界的な食糧危機にる可能性が描かれていた。「とにかく水の研究をしなければ」。水問題を研究しようと心に決めた瞬間だった。
水は,私たち人間が生きるために必要不可欠な存在。そのため,「水問題の解決には,環境のことだけでなく,水を使う側の人間についても研究が必要だ」と考えていた。そこに,京都にある総合地球環境学研究所に新設される研究プロジェクトの話が飛び込んでくる。中国の乾燥地域の歴史を分析し,人間の活動と環境の変化から水問題を研究するというものだった。秋山さんはこのチャンスを活かし,大学卒業後から本格的に水問題の研究を始めた。
多様な研究者が集まるからこそ
研究の舞台は,かつてシルクロードとして栄えた中国内陸の黒河流域。現在は砂漠化が進むこの地域で,水不足の原因が自然環境の変化によるものか,人間活動の変化によるものかを明らかにしようとした。「さまざまな分野の研究者が一緒になってひとつの課題を明らかにする貴重な経験だった」と当時を振り返る。科学的な手法だけでなく,中国の古文書を読むなど歴史的な手法も必要だった。
秋山さんは,水の使用量と存在量の変化を明らかにするために,地面に穴を掘って地下の水分量を測る,衛星による観測データから土地利用の変化を読み解く,植物が蒸散する水量を調べる,といった調査を行った。半年間の滞在中で掘った穴の長さを合計すると1 km以上にもなる。しかし,秋山さんを最もおどろかせた研究結果は,先人によって観測されてきた,河川の上流と下流の水量記録を分析することで導き出されたものだった。その記録は多くの研究者が使う基礎的なデータなのだが,秋山さんほどていねいに分析してみた人はこれまで誰もいなかったのかもしれない。
黒河流域は上流から下流にかけてゆるやかな傾斜をもつ扇状地にある。扇状地は,川の水が浸透して地表に水が出るという特徴をもつはずだが,黒河流域では地下水が過度にくみ上げられたために水位が下がり地表に水が出なくなっていたのだ。さらに,節水政策によって川から取水する水量は減ったが,地下水の利用量はむしろ増えていたこともわかった。この発見は,水問題を含む環境問題を読み解くには人間の活動がカギになることを改めて考えさるきっかけになった。
人間を研究するため,知の大冒険へ
「僕は環境変化の解析を通して,人間を研究しているんだ」。研究者を志した頃から,環境問題を根本から解決するには人間について学ばなければならないと考えていた。現在は,人間の心はどう形成されるかなど,人間活動を理解するための研究に力を入れている秋山さん。これまでにも,従来の環境学に加えて,哲学,文化人類学,心理学,脳科学,遺伝学,量子論などの観点から学際的に研究を行ってきた。ひとつの課題解決のためにさまざまな学問分野から取り組むという研究スタイルは,学生時代に黒河地域の水環境についてさまざまな専門分野の研究者と一緒になって研究した経験によって確立されたのだろう。
研究すればするほど,新たに研究したい分野がでてくる。「わからないことだらけ。僕はいま知的大冒険のまっただ中にいる」。10年後,環境問題の本質的な解決のために,秋山さんがどんな冒険をしているのか楽しみだ。 (文・金子 亜紀江)