研究を加速させる環境は自分でつくりだす。そのために今、伝えよう 松尾 豊

研究を加速させる環境は自分でつくりだす。そのために今、伝えよう 松尾  豊

「知りたいことがある。だから研究する」。

研究に携わる人なら誰しもがそう思っているはずだ。しかし、一方で、「職は得られるだろうか」、「研究費を取れるだろうか」、そんなことを過剰に気にしてはいないだろうか。研究者が研究に没頭するためには、研究費を獲得し、人を増やせる環境をつくっていくことも必要となっていく。そんな環境を自分でつくり出せる。そして伝えることがその武器になる、と教えてくれたのが、東京大学准教授の松尾豊さんだ。今日、社会的ブームとなりつつある人工知能の研究をする松尾さんは、講演会や書籍の執筆、企業との共同研究など、外部への発信を積極的に行っている。そんな松尾さんに、自身の伝えることの意味について聞いてみた。

研究者の中で自分を認めてもらう

「伝えることが大事だと思ったのは、一流誌に論文を載せる必要性に気づいたことがきっかけでした」。

世界の研究者達がしのぎを削っている環境に自分の身を置きたい。その思いを胸に、2005年、松尾さんは人工知能(以下、AI)のメッカとも言えるスタンフォード大学CSLI(Center for the Study of Language and Information)に客員研究員として留学した。しかし、海外に飛び出した彼を、AIの権威たちは必ずしも快く迎え入れたわけではなかった。

松尾豊(まつお ゆたか)さん 東京大学大学院工学系研究科 技術経営戦略学専攻 准教授

「AIを最初につくった人を前にして、お前は何の研究をやってるんだ?って聞かれて、AIだって言えなかったんです。それだけの実績がなかった。そうなると、周囲の反応がすごく冷たいんですね。アメリカでは、自分に実績がなくて、価値を提供できるって言えないと、全然相手にしてもらえないんです。僕はそれがすごく悔しかった。だから、何とかしてトップレベルの学会誌に載るような論文を書こう、論文で自分の名前を知らしめてやろう、と頑張りました」。世界トップレベル学会誌で最初に論文を発表したのは、アメリカに留学して1年後だった。

先人の成果の中に自分の研究の意味を示す

最初の論文発表を皮切りに、松尾さんはいくつもの論文を国際会議で発表し、研究コミュニティでの存在感を強めていった。何かを掴んだ、という感覚があったと言う。

「レベルが高い学会誌になってくると、中身がいいのは当たり前で、伝え方をどう工夫するかの勝負になってくるんですね。でもそれは、小手先のテクニックの問題ではない。”先人たちの研究に敬意を持つこと” が大事なんだと思います。これまでに研究者がどのような研究をしてきて、どう積み重ねられてきたかを鑑みると、やっぱり偉大だな、と素直に思うんです。先人の成果の中で、自分の研究にはどのような意味があるのかを示すこと、今度は自分の研究を他の人に活用してもらうにはどうしたらいいかということを、一生懸命考える。すごく謙虚で真摯な姿勢によって、初めていい伝え方ができるんだと思います」。

交渉力で、研究に打ち込むための資金を集める

帰国後、松尾さんは最先端の研究を進める傍らで、企業との共同研究を精力的に行っている。その姿勢は、研究者としては異色かもしれない。

「5年前頃から、国の研究費に頼るのをやめて、全て企業の研究費でやろうって思ったんですね。日本は国の研究費にすごく頼っているのですが、将来財政的に厳しくなるのは目に見えている。早く企業の資金で研究する方法を確立した方がいいと思いました。それまでは、1年間一生懸命やって300万円くらい企業から研究費をもらうのがせいぜいだった。だから、自分の研究費の単価を上げる努力をしました」。

そこで必要となってくるのは、自分のできること、できないことを伝える交渉力だった。

「相手の課題を把握し、その上でお互いにとっていい条件をどう設定していくのか。それらを一生懸命考えて、コミュニケーションを取るようになりましたね。今でこそ自然体で話すことができますけど、最初は本当に苦労しました」。

周りの社会の仕組みを理解してこそ研究が大きくなる

松尾豊(まつお ゆたか)さん 東京大学大学院工学系研究科 技術経営戦略学専攻 准教授松尾さんが持つ伝える力は、研究者というよりもビジネスマンのようだ。

「その通りかもしれません。それでも、私の目的は好きな研究を続けることなのです」と語る。研究活動を最大化するには、研究費をとって、人を増やしていく必要がある。それは研究も、資金によってできることできないことが決まってくる資本主義の社会の中にあるということ。その中でどういう役割を持てるのかを理解しなければならない」。

松尾さんの頭の中には、2種類の研究がある。1つは、既存の技術を使って企業の問題を解決し、利益を出す研究。もう1つはその資金で新しい技術を開発する研究だ。

「たとえば、データ分析は企業と一緒に共同研究しているのですが、今最先端のディープラーニングの分野は基礎研究なので、研究員にどんどん研究してもらいます。それがすぐに何かの役に立つわけではない。けれど、基礎研究を辞めてしまうと、研究室全体としての競争力をそのうち失ってしまうので、投資を絶対に辞めちゃいけない。そのための交渉力です」。

戦略的な研究室運営に、松尾さんが社会から学んだコミュニケーションが役にたっている。

教えることで思考を構造化する

松尾さんは、産業技術総合研究所の研究員を経て、今は大学の教員という教育者の立場に身を置いている。

「大学の研究者と企業や研究機関の研究者で最も違うのは、”教える環境にあるかどうか” だと思います。教えるという行為は、自分がわかっていると思う以上にちゃんと理解して、人に伝えられる状態にするということなので、すごく頭の中が整理されるんです。教えることによって自分の思考が構造化される。構造化されていれば新しいことを思いつきやすくなる効果があるはずなんですね」。

松尾さんは、研究所在籍中も出身大学の研究室で自主ゼミを毎週やるようにしていた。教える、つまり相手にわかるように伝えることは、無意識に自分の中での理解を深める行為になっていたのだ。松尾さんは教える環境を意識的に自分でつくっていくことで、今も自分自身を鍛えている。

研究の発展とともに、伝えるフェーズも変わっていく

そんな松尾さんの研究室からは情報キュレーションサービスの「Gunosy」や日本初のクラウドファウンディングサービス「READYFOR」が学生や卒業生発で生まれている。

「ぼくは学生のときに苦労して国際会議に行きましたが、同じ苦労をさせようと、ぼくが学生に国際会議に行くよう助言して行ったとしても多分だめなんですよね。時代時代で難しいことは変わっている。僕が言わなくても、もっと勝手にやればいいと思うし、もっと自分から過酷な状況に身を置けばいいと思う。でもそれをどう伝えるかはすごく難しいです」。

自分の研究を加速させるのは自分自身。松尾さんの伝える活動もそのために新たなフェーズに入った。

「これまでは一般向けに発信するより、研究していたいという気持ちが強かった。今は人工知能が注目され始めている中、発信しなくてはという気持ちでいます。注目されているからこそ、この分野では今、誤解されたり、過剰な期待をされたりしている。正しく可能性を理解してもらう必要があるので、できる限り講演会やインタビューを受けているのです」。

学生には、自分が本当に好きだと思ったことを一生懸命やりなさいと言っているという松尾さん。自身も研究を続けたいという強い思いから試行錯誤し、独自の研究活動に行き着いた。研究に没頭できる環境を、自分でつくっていく。そのために、自分の研究にどんな価値があるのか、それを様々な相手にわかってもらうことはこれからの研究者に必要そうだ。まずはその姿勢を持つことから始めよう。その行動はあなたの研究を加速する、一歩に繋がるかもしれない。 (文責 臼井杏美)

松尾豊さんプロフィール

東京大学大学院工学系研究科 技術経営戦略学専攻 准教授。
1997年 東京大学工学部電子情報工学科卒業.2002年 同大学院博士課程修了.博士(工学).同年より,産業技術総合研究所研究員.2005年よりスタンフォード大学客員研究員.2007年より,現職。2002年 人工知能学会論文賞、2007年 情報処理学会 長尾真記念特別賞受賞。人工知能学会編集委員長を経て、現在人工知能学会倫理委員長。専門は,Webマイニング,Deep Learning, 人工知能。