新しい分野をつくっていくため発信していく 今村 公紀

新しい分野をつくっていくため発信していく 今村 公紀

京都大学霊長類研究所で研究をする今村公紀さんは、霊長類のiPS細胞を使ったヒトの進化の研究や、霊長類の発生・発育の研究をしている。珍しいテーマに取り組む今村さんには「自分が分野をつくっていきたい」という思いがあり、そのために、自ら研究会を設置したり、講演を引き受けたりと、精力的に伝える活動を行っている。

厳しかった恩師の教え

元々幹細胞の性質について興味があった今村さんは、博士課程までを当時奈良先端科学技術大学院大学と京都大学再生医科学研究所にいた山中伸弥さんの研究室で過ごした。ここでは、研究者として伝えるときの姿勢やテクニックを、徹底的に教えられたという。研究の進捗共有のゼミでは、話し方からフォントのサイズや色といった細かいところまで、厳しい指摘が飛んだ。 「『まっさらな目で研究を見なさい』と教えられ、客観的な目で自分や研究室の仲間の研究を見つめる機会を多く持つことができました」。研究室の全員が厳しい目でお互いの発表にフィードバックをかけることが当たり前の環境だったため、今村さんは研究室の外での発表が楽しくて仕方がなかったという。「自分は若いときは厳しい環境で過ごしたい、と考えていたので、自分の身になっていく厳しさがあるこの研究室で良かったと思います」。

自分のためにも、人前に立つ

厳しい環境で修行時代を過ごした今村さんの中で、研究者が伝えることはこんな意味もある。「アウトプットとしてどう見せるか、という外への意識だけではなくて、自分が読んだり、聞いたり、考えたことをまとめる力が問われる。自分の研究の本質 の理解のため、という自分の内面的な意識を磨かれます」。これも山中さんの教えの中で気づいたことだ。「たくさんデータを見せることが良いわけではない。いかに少なく伝えるかを考えなさいとよく言われました」。シンプルに情報量を絞って伝えるためには、ストーリーのエッセンスを理解していないといけない。つまり、データを並べて終わりではなく、情報を吟味して噛み砕き、情報が持つ意味を自分の言葉で伝えなくてはならない。そこでは、研究のストーリーの本質を理解する力が問われるのだ。博士課程修了後、研究室の共同研究先である慶應義塾大学の岡野栄之さんの下で、今のテーマに出会った今村さん。珍しいテーマだったため、人前で紹介する機会も多く、それを積極的に引き受けていった。

伝えることは楽しい

「新しい分野を自分で開拓していきたい」と考える今は、自分の研究分野を世の中に広げていくため、自身で研究会を主催している。1泊2日でミニシンポジウムを企画し、慶應義塾大学の塩見春彦さんなど、生殖細胞と幹細胞の分野のベテランや、若手研究者を招待して、霊長類の発生生物学に関わる多くの分野の研究者と議論することで、この分野が研究者の中で浸透し、それぞれのテーマが混ざりあって発展してい くことを図っている。「分野を確立するのに、自分ひとりではできることが限られている。多くの人と力を合わせていきたいし、iPS細胞と発生生物学の新たな可能性を示していきたい」。と意気込みを語った。人との交流の中で、伝えることに対する経験値もあがっていき、昨年度の株式会社リバネス主催の超異分野学会では、聴衆からの投票でオーラル賞を獲得するまでになった。「伝えることの意味はいろいろあるけれど、単純に人に伝えることは楽しい。絶対に自分にフィードバックがあるから、研究を楽しむためにもやった方がいいとおすすめします!」。

|今村公紀さんプロフィール|

2009年京都大学大学院医学研究科博士課程修了。
滋賀医科大学動物生命科学研究センター、慶應義塾大学医学部生理学教室を経て現職。リバネス研究費ライフテクノロジーズ賞受賞。サーモフィッシャーサイエンティフィック主催『NEXTFORUM』出演など講演実績多数。