ひと欠片の岩も地球の一部。そこから、地球の歴史が見えてくる。 壷井 基裕

ひと欠片の岩も地球の一部。そこから、地球の歴史が見えてくる。 壷井 基裕

壷井 基裕 関西学院大学 理工学部 環境・応用化学科 教授

誰もが持っている携帯電話。その中には,鉄やアルミニウム,シリコンなどのありふれた金属や,希少なレアメタル,レアアースなど,さまざまな元素が材料として使われている。それらの元素は,元は鉱物というかたちで,地中に埋まっていたもの。地球上に存在する鉱物を知ることで,地球の歴史と,今の地球に対する新しい視点を得ることができる。

その岩,どこで生まれました?

関西学院大学の壷井基裕さんが対象としているのは,マグマが地中でゆっくりと冷却されてできる。地球上のどこにでもある,全体としては白っぽい中に,黒いつぶつぶのようなものが見える岩石だ。この岩を薄くスライスし,プレパラートをつくって顕微鏡で観察したり,元素分析を行ったりすることで,地球の歴史を知ることができるのだという。

たとえば,黒鉛を7万気圧,1500℃の環境にするとダイヤモンドに変化するように,岩石中の鉱物は温度と圧力により結晶構造が変化する。どのような鉱物が,どのような条件で変化するかについては,実験などで決めることができる。そのため,岩石のプレパラートをくわしく観察し,含まれるさまざまな鉱物がどのように分布しているか,さらにその成分を調べることにより,岩石がどのような環境下でつくられたのかを知ることができるのだ。

科学を手にした「岩石名探偵」

ここから先,まるで名探偵のように,分析結果に裏付けられた確かな推理を繰り広げていく。まず,分析から明らかになった温度や圧力の条件から,岩石をつくったマグマが深さ何kmで固まったのかを計算する。また,同位体分析という方法によって,その岩石ができてからどの程度の時間が経っているかを知ることもできる。その結果,「いつ,どこにあった岩石が,どうやって,いま地上に出てきたのか」を明らかにするのだ。

こうした分析をさまざまな地点で行えば,昔のマグマから今の地表へとつながる「岩石の旅」の軌跡を知ることができる。顕微鏡で見るミクロの領域から,地球規模の動きが見えてくるのだ。

つくり始めた「地球化学図」

研究は,野外に出て,地層や岩石が露出している「」という場所を観察することから始まる。そこから,分析にかけるべき岩石にねらいをつけ,採取するのだ。壷井さんは,分析結果から「岩石の旅」を推理する名探偵であると同時に,よい研究材料を見つけ出す「岩石試料ハンター」でもある。この試料ハンティング,経験の浅い学生がそう簡単にできるものではない。そこで,2005年から教育目的で「地球化学図」をつくり始めた。学生と一緒に行うこのフィールドワークでは,まず対象とする数十km四方の場所を2km四方に分割する。そして,そのひとつひとつの区画から河川堆積物サンプルを取り出し,成分分析を行い,推理とハンティングに必要な知識や感覚を身につけていくのだ。

教育目的で始めた地球化学図作成だが,地球環境に対する新しい視点も与えてくれる。たとえば何らかの事故で化学物質が環境中にまき散らされたとき,元の状態を知らなければどの程度の汚染が起きたのかを知ることができない。また,継続的に地球化学図を更新することで,地球上で起こるダイナミックな物質の循環を調べることができる。環境に配慮した新しい科学を生み出していくためには,今の地球を知ることがとても大切なのだ。

問題を探しに,野に出よう

「サンプル採取がうまくいけば,いま私たちの足元にある大地のでき方を知り,何億年にも渡る地球の歴史の一端を明らかにすることができるのです。それが岩石学の魅力ですね」。研究でも授業でも,化学系の研究科のなかではめずらしいフィールドワークを多く行う壷井さん。自然の中から研究の対象を見つけ出すことで,観察の際の視野が広がっていき,考え方のスケールが大きくなっていくのだと楽しそうに話す。「コツコツと実験を進め,地球スケールの疑問を解き明かしていきたい人は,ぜひ仲間になってください」。

(文・西山 哲史)

壷井 基裕(つぼい もとひろ)プロフィール 専門分野:岩石学,地質学,地球化学 1999年,名古屋大学理学部卒業。2005年,名古屋大学大学院環境学研究科博士課程(後期課程)修了,博士(理学)取得。関西学院大学理工学部化学科専任講師,准教授を経て,2015年より現職。 趣味:水泳,旅行,温泉めぐり

壷井 基裕(つぼい もとひろ)プロフィール
専門分野:岩石学,地質学,地球化学
1999年,名古屋大学理学部卒業。2005年,名古屋大学大学院環境学研究科博士課程(後期課程)修了,博士(理学)取得。関西学院大学理工学部化学科専任講師,准教授を経て,2015年より現職。
趣味:水泳,旅行,温泉めぐり