エンジニアとしての成長欲が 課題解決を促進する 白坂 成功
エネルギー問題、環境問題、格差社会など、私たちが抱える課題を取り巻く状況は日々変化し、画一的な解決策というものは存在しないように考えられている。白坂成功さんは、それら現代の複雑な課題に対処するための、新しい考え方の構築に挑んでいる。航空宇宙工学のエンジニアであった白坂さんが研究テーマを変化させた先に見据えるものに迫った。
宇宙への憧れでシステムをつくり続けた
白坂さんのキャリアは航空宇宙工学のエンジニアとして始まった。「とにかく宇宙に行きたい」が原動力だったと微笑む。自分の手で宇宙システムを作れば、そのメンテナンスのために宇宙へ行けるのではないかと考え、大学院卒業後は宇宙産業の最先端を行く三菱電機株式会社に入社し、国際宇宙ステーションへの物資輸送機「こうのとり」プロジェクトを任された。現在4号機まで打ち上げられている「こうのとり」は、輸送の際にコンピューター制御で国際宇宙ステーションへ接近する必要があるため、極めて高い安全性が要求される。人命がかかった、絶対にミスの許されない国家プロジェクトというプレッシャーの中、白坂さんは2ヶ所の故障が起こっても安全を確保できる3重のバックアップシステムを開発した。「NASAの審査を初めてクリアした日本初の宇宙船だ」と、エンジニアとして一心不乱にシステムをつくり続けた結果に胸を張る。
複雑な課題は一人では解決できない
初物尽くしの「こうのとり」プロジェクトでは、白坂さんのもつ最先端の技術知をもってしても解決の糸口が見えないような数々の困難にも直面した。そのような状況を乗り越えた秘訣は「様々な分野の専門家が協力し合ったこと」だった。エンジニアとしてプロジェクトの成功に貢献することと同時に、異なる専門領域のノウハウを統合するような考え方が、複雑な課題の解決には必要不可欠だと気づいた。
時を同じくして、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科(以下慶應SDM)の立ち上げに関わったことが、白坂さんのキャリアの転機になった。慶應SDMは複雑化した社会問題に対して解決策を見出すことを目指して、2008年に発足した新しい研究科だ。文系・理系の概念が存在せず、学生の半数は社会人。医師、弁護士、会社社長や音楽家も在籍し、それぞれが専門分野を持った上で、一人では解決できない自身の課題への解決策を模索する。複雑な課題と、多様なバックグラウンドを持つ専門家の集まりは、「こうのとり」プロジェクトの鏡写しのようであった。この環境の中で、自身の経験を応用できれば、複雑な現代の課題解決に貢献できるのではないかという予感の元、2010年白坂さんはアカデミアに戻った。
エンジニアとして「つくる」領域を増やす
そもそもエンジニアリングはモノ・コトをつくり、それをもって課題を解決する学問だ。「つくる」ことができる領域が増えれば、それに伴い解決する課題も増えていく。実際、白坂さんの現在の研究テーマは多彩だ。超小型衛星を低コストで開発する方法の他、保険、組織、人の感性、欲求にもわたる。研究室や授業では、ワークショップなどの手法を使い、とにかくチームで話し合いながら解決策をつくっていく過程を観察し、定量化する。それら全ての「つくる」過程を俯瞰した時に、課題解決に向けた統一的な考え方が見えてくると白坂さんは考える。この考え方がわかれば、全く新規の状況に対しての解決策も過去のノウハウから抽出できるはずだ。
白坂さんの研究テーマはこれからも増えていくだろう。テーマが増えれば、体系をつくるための事例は増え、考え方が洗練される。それは潜在的に解決される課題の数の増加に他ならない。エンジニアとして多くの課題解決をしたいという欲求を純粋に突き詰めた結果が白坂さんのキャリアに繋がった。
(文 二宮直登)