真の冷凍技術革新を目指して 鈴木 徹

真の冷凍技術革新を目指して  鈴木 徹

食品をより美味しく安全に食べるということは太古から人類共通の命題だ。特に品質低下を防ぐための冷凍技術は、現代の食産業にはなくてはならない技術の一つである。しかし、凍結装置の開発だけではイノベーションはうまれない。そう唱えるのは、冷凍技術研究を体系的に行う日本で唯一の研究室、東京海洋大学食品冷凍学研究室の鈴木徹教授だ。今回、鈴木教授の研究内容と最新動向をお聞きした。

食品の価値向上のための冷凍技術へ

 物を冷やすということは、長い歴史を経て意義も変遷してきた。人類は紀元前から天然の氷雪を利用し、食品の保存や、甘味をつけての氷食を行ってきた。19世紀以降、製氷技術が発達してからは、工業的な冷凍食品の生産や生鮮品の輸出など食産業を支える主要技術となり、食のあり方を大きく変えてきた。冷凍技術によってマグロの市場価値が大きく変わったことは、読者もよく知るところだろう。さらに、将来的な冷凍技術の革新にも大きな期待がかかる。2014 年に農林水産省が策定したグローバル・フードバリューチェーン戦略でも冷凍技術への期待は高く、資源の節約、食品ロスの削減など複数の課題解決が見込まれる。一方で、世間が凍結装置の開発ばかりに注目してしまうことに、鈴木教授は警鐘を鳴らす。産地から消費者までの、保管や解凍という過程も含めたシステム全体でとらえることで初めて、食品の価値の維持・向上を目指すことができるという。

解凍後の復元性の鍵となる、細胞内の氷

 冷凍学研究の起点として鈴木教授がとらえるのは、品質の復元性だ。そもそも食品が凍るということは、多くの割合を占める食品内の水分が凍るということだ。特に水分含量の高い野菜などは、冷凍時に化学的な物質の変化はないものの、解凍後の食感や味の劣化が顕著である。物理学の研究経験も活かして鈴木教授が注目するのは、細胞膜とその中の氷のでき方だ。植物の場合は細胞膜の水の透過性が低く、組織のどこかで氷が発生すると氷のできていない細胞から水分が引き寄せられても移動できないため細胞膜が破壊されてしまう。その状態で解凍をすると、内部の水分や栄養素が流れ出てしまい、俗に言う「しなる」という状態となる。この問題を回避するために、液体の状態でマイナス4℃以下までゆっくり均一に温度を下げてから、瞬間に過冷却を解消すると、組織内のあらゆる細胞内で急速に氷の種が作られる。この場合、氷の粒径は10μm と微細であり、細胞膜の破壊が抑制される。この過冷却を利用した冷凍技術は、次世代の技術として期待が大きい。

システムとして促進すべき今後の冷凍学研究

 ただ、冷凍技術のみでは、真の実用化には不足がある。溶液、コロイド、エマルジョン、サスペンション、ゲル、細胞(植物・動物)…凍らせる対象物の状態によって、損傷の受け方は異なる。さらに保管時や解凍時の品質劣化にも対応が必要だ。例えば冷凍庫内の食品乾燥という課題に対しては、食品と庫内の水蒸気圧差、霜の原因となる食品からの水蒸気の昇華について分析が必要となる。また、実際の食品産業においては、冷凍後の流通段階も含めた知識や理解が重要だ。業務用と家庭用でも、求められる保管期間は異なる。解凍後の品質保持や安全性について論じるならば、酵素活性や微生物の知識も重要だ。「凍結、保管、解凍まで全てを含む『システム』として研究開発を推し進めないと意味がありません」。これらの課題においては、多分野の研究者の参画が歓迎されるところだろう。流通の現場である漁港、食品メーカーとの連携を拡大・増強しながら、鈴木教授は冷凍技術の真の革新を目指す。(文/秋永 名美)