学習効果とコンテンツの面白さは両立する(歴史学習のゲーミフィケーション[histrio]の経験より) 池尻 良平( @ikejiriryohei )
東京大学 大学院情報学環 特任助教 池尻 良平 さん 博士(学際情報学)
人や組織が国家を超えて複雑に絡みあう「歴史」という題材の醍醐味を伝えるためには、様々な出来事の因果関係を整理した上で、それらがなぜ起きたのか考察することが必要だ。
そのような重層的な学びを促すことは、どうすれば実現するのか。
東京大学の池尻良平さんが経験した、ゲームを活かした新しい歴史教材の開発過程を追った。
歴史を通して、人間そのものが見える
小さい頃、アリの行動を庭で観察するのが好きだった。
アリの群れを俯瞰し、どちらへ向かうかを予想する。「神様のような感じで、ドキドキした覚えがあります」と池尻さんは笑う。
歴史学の面白さも同様だ。
全体を見据えることで、時代を超えても変わらない人間の有様が見えてくる。
それを理解することで、歴史は現代に応用可能になる。
歴史の教師を目指していたこともあり、大学時代は歴史文化学を専攻し、自身が面白いと感じる歴史の醍醐味をどのように伝えればよいかを思案した。
そこで、課題に感じたのは、歴史の重層的なつながりを、伝えることができる教育ツールが存在しないことだった。
「ないのだったら自分で作ろう」と、池尻さんは教育工学分野へと軸足を移した。
ゲームの威力は面白さにこそある
教育工学は、よりよい教育のために必要な手法、技術、考え方の開発を行う学問だ。
東京大学大学院学際情報学府に進学した池尻さんは、当時日本ではまだめずらしかった「教育にゲームを活用する」という手法を選択した。
ゲームには、「自発的参加」という要素がある。
すなわち、伝えたいことが複雑だとしても、学習者自身がそこにやりがいを感じ、自ら参加するような仕掛けをデザインできるのだ。
さっそくプロトタイプのゲーム制作に着手し、指導教官に見せた。しかし、そこで言われたのは「きみが本当に面白いと思うものをつくってこい」という言葉だった。
教育に使用するゲームをつくる難しさは、ここにある。
「教育的効果はあるが、面白くないゲーム」ができてしまうのだ。
ためになるだけではない、本当に面白いものを追求する。
面白いからこそ、学習者は複雑なコンテンツであってもハマり、自発的な学習サイクルが生まれる。
ゲームという、それまで、メジャーでなかったツールに挑戦したことで、超えるべき課題が明らかになった。
高校生が身を乗り出して議論する教材
池尻さんは修士2年生の半年をかけて、現場でのテストを繰り返し、ゲームを改良し続けた。
その中で気づいたのは、今まで別のものとして考えていた学習効果の高い仕掛けと、ゲームで子どもが面白さを感じる箇所が、重なり合うということだった。
そこから、別々の要素を足し算するようだった開発の考え方が掛け算に変わり、開発は加速した。
その結果生まれたのが、高校生向けの歴史対戦カードゲーム「historio」だ。
2人一組になり、2チームで対戦する五目並べを想像してほしい。
ゲームの中では、18世紀のイギリス産業革命の労働問題の原因や解決方法を、現代の労働問題に置き換えて考えることが要求される。
そこで、過去の出来事と現在の出来事がどのようにつながっているか、各チームがディスカッションする。
ゲーム内では、相手の繰り出した手に反論することもできる。
「その解釈は違うのではないか?」と高校生が興奮して身を乗り出す箇所は、歴史上の出来事の意味を考え、積極的に討議ができる箇所だった。
今や、池尻さんにとっては、教材とは学習効果のあるだけのものではない。面白く、かつ学習効果の高いものこそが、最高の教材。
「歴史の面白さを伝えたい」という一念が、ゲームと出会ったことで、教材の捉え方が変わったのだ。
(文 武田 隆太)
Link:池尻良平のオープン・ラボ