環境負荷の少ない防汚剤の開発 北野克和

環境負荷の少ない防汚剤の開発 北野克和

フジツボを含む海洋付着生物の被害額は日本だけでも年間1,000億円と言われる。一方、その付着を防ぐために使用される付着阻害剤には毒性があるため環境へ悪影響を及ぼすことが危惧されており、環境にやさしい新しい物質の開発が望まれている。そんな環境負荷の少ない忌避物質を研究しているのが、東京農工大学生物有機化学研究室の北野克和准教授だ。

殺生することなく、付着するのを嫌がる物質を作りたい

 フジツボは船底、漁網、発電所の取水路などに付着し、多大な被害を与える。船底に付着した場合、重量や水流抵抗の増加により推進力が落ち、給油コストが増加する。また、漁網に付着した場合は、網の目が塞がれ養殖魚が酸素欠乏になる。フジツボの防汚剤としては、有機スズが2008年9月に使用規制されて以降、農薬系、重金属系の化合物が防汚剤として広く利用されているが、いずれも殺生することで付着を防いでいるため環境への悪影響が懸念されている。

 北野先生が目指すのは、有毒な物質で付着を阻害するのではなく、付着するのを嫌がる付着忌避物質の開発だ。この物質ができれば、ほとんど環境を汚染することなく、着生を防ぐことができる。「特に、ホタテ、カキの養殖では化学物質の蓄積の可能性があるため防汚剤が使えません。環境負荷の少ない防汚剤でフジツボの付着を防ぐことができたら、付着による漁獲高の低下を防ぐことができます」。

忌避効果が証明されたイソニトリル化合物

 1990年代には、伏谷着生機構プロジェクト(伏谷プロジェクト:1991-1996年新技術事業団創造科学技術推進事業)(ERATO:1991〜1996年)において海洋付着生物の付着阻害物質の探査研究が精力的に行われた。その結果、ウミウシからイソシアノ基をもつテルペン類を含む多くの付着阻害活性を示す物質が単離された。北野先生らは、イソシアノテオネリンをリード化合物として類縁化合物を合成し、付着阻害活性の考察を行った。その結果、イソシアノ基(イソニトル)が付着阻害活性に重要であることが示唆された。そして、天然物よりも容易に化学合成できる忌避活性を持つイソニトリル化合物を創製した。試作塗料による実海域での3か月の浸漬試験では、ヒドロ虫や付着珪藻の付着が観察されたものの、無処理面と比較して、大型付着生物の付着が有意に少ないことが観察された。「海域限定ではあるが、既存の防汚剤と比較してより着生を阻害(付着を防汚)できたという結果も得られています」と北野先生はその成果を語る。

 その忌避メカニズムが判明すれば、海洋生物以外に対しても阻害効果を持つ物質を開発できるかもしれない。「今の防汚剤はもともと農薬だったものなどを使っている。忌避物質が製品化できたら、農業、畜産業など他の分野にも応用できるかもしれない」と北野先生は、今後の応用の拡がりを考えている。海洋だけでなく、イソニトリル化合物が環境負荷の少ない忌避物質として陸上でも活躍する日が来るかもしれない。(文/金城雄太)