バイオサーモメーターがもたらす鮮度管理の革命 濱田奈保子

バイオサーモメーターがもたらす鮮度管理の革命 濱田奈保子

東京海洋大学
海洋生物資源学部門食品流通安全管理専攻
濱田奈保子 教授

刺身、お寿司など日本の和食では水産物を生で食す機会が多い。水産物は傷みやすいため、鮮度は食品を安全に提供するために重要な情報の一つである。鮮度の指標の一つに温度履歴があるが東京海洋大学の濱田奈保子教授が手がけたのは、積算温度をリアルタイムに可視化するツールの開発だ。

魚の鮮度を示す指標

 食品が安全に食べられるとはどういうことだろうか。生鮮食品の品質を評価する項目としては、食材の色、匂い、食品中に含まれる水分量、微生物数やpHなどが挙げられる。さらに、K値と呼ばれるATP関連化合物から算出される指標がある。しかしK値の測定には煩雑な手間と、そもそも商品自体の一部をサンプルとして用いらなければならないなどの課題があった。そこで、商品の温度管理に注目した温度履歴も併用されてきた。電車の改札などに用いられているタッチ型センサのRFIDタグによる温度履歴の管理はすでに開発されているが、情報を読み取るために専用の機器を必要とするため、鮮度情報のニーズがある販売店や消費者にとっては、鮮度を測定する手法が十分であったとは言い難い。

特殊機器を必要としない鮮度測定キット

 濱田先生らは、鮮度測定における温度履歴に注目し、生産者から消費者に届くまでの「積算温度」を可視化できるバイオサーモメーターを開発した。このツールの使用方法は、まず生産現場で魚体の近くににこのバイオサーモメーターをつける。そして両端に別れていた液体をパッチ内で混ぜるだけだ。この中の液体は、温度の積算によって色が不可逆的に変化するので、どのような温度管理をされた魚なのかが一目でわかるのだ。現在開発されているバイオサーモメーターは色素の種類が異なる3種であり、使用温度範囲も20〜20度といった冷凍食品領域までをカバーするとともに、不測の事態で高温に晒された場合にも対応可能である。さらにパッチ内の液体に関しては安全性を確認済みであり、バイオサーモメーターによって示される鮮度と、K値の間には高い相関があることもわかっている。

水産物から広がる「鮮度を確認する習慣」

 バイオサーモメーターが開発され、広がることにより、消費者は鮮度を自身の目で確認できる時代が来る。商品価値の向上に寄与するのはもちろんだが、例えば数日前に購入した魚が、刺身で食べられるのか、焼いた方が良いのか、消費者自身で確認することが可能になる。「将来的には食品業界であるいは家庭内で、まだ食べられる食材が捨てられてしまうフードロスの減少につながれば」と濱田先生は期待する。また魚だけでなく、野菜においてもバイオサーモメーターでの実証実験がすでに行われている。「傷みやすい水産物」から始まった研究が、食品全般の鮮度管理を変えるのも、そう遠くない未来かもしれない。(文/南場敬志)