巣を守り、命をつないでいくためのそうじ 中村 純

巣を守り、命をつないでいくためのそうじ 中村 純

30,000〜45,000個以上もの部屋からなる立派な巣をつくるミツバチ。住環境にとても気を配る昆虫で,巣内はいつも清潔,温度や湿度なども一定に保たれているようです。豪邸をきれいに維持するにはそうじが大変ですが,ミツバチはどのようにしてその大きな巣を清潔に保っているのでしょうか。

新人の仕事は,そうじから!

さなぎから羽化して成虫になったばかりの働きバチがまずすること,それはそうじです。六角形の部屋で生まれた働きバチの幼虫は,数日間エサを与えられた後,部屋にフタをされてその中でさなぎになります。成虫になると,そのフタを自らかじって外へ出てきます。そして,幼虫時代に出したフンやさなぎの殻を捨てたりと,自分の部屋や空いている部屋をそうじするのです。

部屋のそうじは,病気を防ぐためだと考えられています。巣はワックスでできているため水をはじくことができ,微生物が繁殖しにくくなっています。そこにゴミや水分を含んだものがまっていては,微生物が繁殖して病気のまん延につながります。ミツバチが一番避けたいことは,幼虫が病気に感染することです。働きバチは寿命が約1か月と短いため,その数を維持するためには幼虫が無事に成長することが大切なのです。そこで女王バチは,卵を産むときには部屋に頭を突っ込み,きちんとそうじされているかどうかをひとつひとつチェックします。そして女王バチは,1日になんと1000個もの卵を産むのです。

外観のそうじも忘れずに

そうじといっても,部屋のそうじだけではありません。羽化後しばらくして外に出られるようになった働きバチは,巣の外もそうじします。巣箱でハチを飼っていると,雨が降ったとき、入り口に溜まった泥を鋭いアゴを使って削りとってきれいにします。「そのへんに巣箱を置いておくと,巣房の周りに生えてきた草を全部刈り取っちゃうんですよ。」と話すのは,ミツバチ研究に30年以上従事されている玉川大学ミツバチ科学研究センターの中村純さん。

じつは,ミツバチにとってそうじは,天敵であるスズメバチから身を守るためにも重要です。スズメバチはミツバチのよい巣を見つけると,その巣に目印となるフェロモンをフンとともに付け,仲間に知らせて呼び集めて,巣を乗っ取ることがあります。それに対してミツバチは巣が襲われることを防ごうと,スズメバチの付けたフェロモンを懸命に削り取るのです。

ワークスタイルはハチそれぞれ

働きバチの仕事は,からだの生理状態が変化していくにつれて変わっていきます。羽化してすぐにそうじ係を務めた後は,育児係,巣づくり係,ハチミツをつくって貯蔵する係などを経て,最後に巣の外で花粉やハチミツを集めるという一番危険な仕事をしてその一生を終えます。しかし中には,同じ仕事を貫き通すスペシャリストもいます。そのひとつが葬儀屋です。働きバチに背番号をつけて1匹ずつ観察すると,毎回同じ働きバチが死体を捨てに行く様子が観察されています。この働きバチは,他のものよりも死臭に強く反応するのではないかと考えられます。葬儀屋の仕事も,巣を清潔に保ち,病気を防ぐために重要なものなのです。

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いざというときの協力プレー

からだの生理状態によって分担されている仕事の他に,時にはその仕事を捨ててまでもやらなければいけないことがあります。それが換気です。巣内の温度や湿度,炭酸ガス濃度は一定に保たれていますが,この環境状態を保つときに,個体による感じ方の違いが役立ちます。たとえば,温度変化に敏感な働きバチは,少しでも暑くなるとを動かして巣の中と外の空気の入れえを始めます。それでも足りないと,最初は換気をしていなかった働きバチも次第に参加していきます。全員で換気を行うと,他の仕事がストップしてしまい大きなリスクとなりますが,このように感じ方の違いを利用することで,他の仕事も続けながら緩やかに調節を行うことができます。「でも冬は寒いから,炭酸ガス濃度が上がっても我慢して換気をしないんです」と言う中村さん。巣箱内の温度変化などを測定すれば,ミツバチが巣箱の中でどのように行動しているかがわかるそう。からだの生理状態によって分担される仕事,スペシャリストの仕事,全員で行う仕事をうまく組み合わせることによって,ミツバチは大きな集団を柔軟に運営して,命をつないでいるのです。

(文・中島 昌子)