細胞の中のちっちゃなそうじ屋さん 水島 昇

細胞の中のちっちゃなそうじ屋さん 水島 昇

部屋をそうじしないと,いつのまにかゴミで散らかります。不要になったものは捨てていかなくてはいけません。私たちの体を構成している細胞の中でも,古くなったタンパク質などのゴミがでてきます。細胞はいったい,こうしたゴミをどうしているのでしょうか。

細胞の中にはゴミがたくさん!?

私たち人間のからだはおよそ37兆個もの細胞から成り立っていますが,単に「細胞」といっても,皮膚や血管,骨,筋肉,神経など,それらを形成している細胞の種類はさまざまで,約200種類もあります。細胞の寿命もまちまちで,たとえば赤血球は4か月,皮膚の細胞は1か月,腸はなんと2日という短さで,新しい細胞と次々に入れ替<か>わっていきます。一方で,神経細胞や心臓の筋細胞の寿命は非常に長く,ほぼ一生入れ替わりません。

細胞は,からだに取り込んだ栄養素などから,細胞内にあるミトコンドリアなどの小器官や,タンパク質を生み出します。しかし,それらはやがて変性したり,損傷したりして細胞内の不要なゴミとなることがあります。それでは,特に寿命の長い細胞の中は,こうしたゴミであふれ返ってしまっているのでしょうか。

細胞内のそうじ「オートファジー」

じつは,細胞には自分の中をそうじする機能が備わっているのです。「オートファジー」と呼ばれるそのはたらきは,自分(auto)を食べる(phagy)というもので,「自分の一部を食べる作用」ともいえます。細胞の中で機能しなくなった小器官やタンパク質,いわゆるゴミがまってくると,細胞の中に「隔離膜」という膜が生じます。その膜が伸びてゴミを包み込み,オートファゴソームという球状を形成します。オートファゴソームはその後,分解酵素を含むリソソームと融合し,「オートリソソーム」と呼ばれる状態になり,中にある小器官やタンパク質などを分解することで,細胞内の「そうじ」を行うのです。分解されたものは栄養素として細胞内で再利用されます。例えば,神経細胞内に機能が低下したミトコンドリアが溜まってしまうと,パーキンソン病という神経の病気を発症してしまう可能性が指摘されています。

オートファジーによる細胞内での分解のしくみ。

オートファジーによる細胞内での分解のしくみ。

どうやってゴミ袋を見分けるの?

オートファゴソームに分解酵素を運んでくるリソソーム。いったい何を目印にして,オートファゴソームにくっつくのでしょう。じつは,まだゴミを飲み込む途中で口がふさがっていない状態のものには見向きもせず,口がふさがって,完全な球になったオートファゴソームにしか融合しないことがわかっています。

2012年,東京大学の水島昇さんは,リソソームがオートファゴソームを認識するしくみを発見しました。どうやら,「シンタキシン17」と呼ばれるタンパク質が,その目印になっているようなのです。オートファゴソームの球が完成すると,シンタキシン17がオートファゴソームの膜に移動して来ます。これをリソソームが認識しているのではないかということがわかってきました。シンタキシン17は通常,細胞質ゾルや他の小器官に存在していますが,オートファゴゾームができると直ちにそこに移動するのだと考えられています。

では,シンタキシン17はどのようにしてオートファゴソームの完成,つまり隔離膜の穴が閉じて球状になったことを認識しているのでしょうか。これを明らかにすることが,水島さんの次の目標です。

研究を前進させる,純粋な興味

世界各国の研究者がオートファジーの研究に取り組んでいますが,まだまだわからないことがたくさんあります。そもそもゴミを取り込む膜はどこから来るのか,オートファジーを経てタンパク質が分解され,細胞質に放出されたアミノ酸は何に使われるのか,役割を終えたオートリソソームはどうやって消えるのか……。

オートファジーの異常により病気が起こる可能性がわかってきていますが,水島さんは基礎的な研究を大事にしている,と話します。「研究で明らかになったことの中から,一部は病気の治療に使えるものが出てくるかもしれない。でも,私がこの研究をしている大きな原動力は,生物への理解をもっと深めたいということなんです」。生物のことをもっと知りたい,という純粋な探究心が,生命の不思議で複雑な世界の解明を通じて,やがては病気の治療につながっていくのかもしれません。 (文・高瀬 麻以)

取材協力

東京大学 大学院医学系研究科
分子細胞生物学分野
教授 水島 昇(みずしま のぼる)さん