おなかから新しい生きた細菌を発見する! 腸内菌ハンター 辨野 義己(べんの よしみ)

おなかから新しい生きた細菌を発見する! 腸内菌ハンター 辨野 義己(べんの よしみ)

腸内菌といえば,ビフィズス菌,乳酸菌,大腸菌などが有名ですが,これらのように種類がわかっている腸内菌は,おなかにいる腸内菌全体のたった3割ほどで,残りの7割はまだ誰にも知られていない未知の腸内菌です。その種類は1000種類以上,その重さはなんと1.5キログラムもあるというのです。辨野義己先生は,ヒトのうんちから,新しい生きた腸内菌を探す研究をしています。

腸内菌を育てる難しさ

辨野先生は,おなかにいる腸内菌を調べるために,ヒトのうんちを対象にして行う研究を40年以上続けています。実は,うんちの成分は80%が水分,のこり20%が固形分で,その3分の1は,腸内で増殖した腸内菌たち。うんちと一緒に出てきた彼らを酸素のない培養法で選択して,その遺伝子の解析し,どんな種類の腸内菌がいるのかを調べています。このように腸内菌を選択するために使われるのが「寒天培地」。これは,腸内菌の生育に必要な栄養成分を含む寒天を,滅菌シャーレという透明で薄いフタ付きのお皿に流し込んで使います。この寒天培地の上に,大便の希釈液を塗布します。すると腸内菌は寒天の中にある栄養成分を食べて育つのです。しかし,ここで増殖できる腸内菌は,ほんの一握り。ほとんどの腸内菌は,必要な栄養分が足りなかったり,嫌気状態が悪かったり,さらに共生関係にある他の腸内菌がそばにいないために生きられなかったりして,育つことができないのです。

たった2年間で10種も生きた腸内菌を発見!

このように培養の難しい腸内菌たちを育てるために,辨野先生はさまざまな培養法をあみだしてきました。その1つがメンブランフィルターを用いた培養法です。この方法では,0.02マイクロメートルの穴があいた膜(英語でメンブラン)で仕切られた,2層の柔らかい寒天培地を使います。0.02マイクロメートルの穴は,腸内菌自体は通れませんが,それらが出す物質だけ通すことができる大きさなのです。腸内菌が産生する物質のやりとりを邪魔することなく,腸内菌どうしをメンブランフィルター使って別々に増殖できるので,共生関係にある腸内菌をわけてとりだすことができるのです。この方法を使って辨野先生は,さまざまな新事実をつきとめました。たとえば,ヒトのうんちから分離されたファスコラルクトバクテリウム BL377という腸内菌は,単独では増殖できなかったのですが,メンブランフィルターの下層にバクテロイデス ドレーBL376という腸内菌が増殖しているときだけ,メンブランフィルターにある寒天内に増殖するのです。つまり,両菌は共生関係にあり,増殖するために,それらの間で物質のやりとりが必要である可能性を突き止めました。さらにファスコラルクトバクテリウムBL377を詳細に調べたところ,これまで発見されたことのない新規の腸内菌だったのです。つまり,これまで,この新しい腸内菌を育てて増やし,その遺伝子を解析することはできなかったのです。この方法を使って辨野先生は,たった2年間で10種もの新しい生きた腸内菌をうんちから見つけ出しています。辨野先生は,今後5年間で,100種類以上の新しい腸内菌を見つけるという目標を掲げています。そして,その発見をヒトの健康の増進や病気の予防に役立てたいと考えています。

7割はだれも知らない腸内菌

腸内菌の7割は,まだ誰にも見つかっていない新しい腸内菌。その大半がファスコラルクトバクテリウム BL377のように培養が難しく,そう簡単に私たちの前に正体を現してはくれません。辨野先生はそんな気むずかしい腸内菌に,長年真摯に向き合い続けています。かつて,先生が腸内菌研究を開始したころ,うんちに存在する腸内菌に着目する研究者はほとんどいませんでした。しかし,研究者魂として,「今を疑い,夢を疑わない。そして自分をあきらめない」を掲げ,新しい生きた腸内菌を見出す研究に没頭。その結果,新規な培養法であるメンブランフィルター法を考案したのです。それを使った独自の研究は,現在,大変注目されている腸内菌研究の進展に貢献しています。まさに今この瞬間にも,皆さんの腸内に棲んでいる大多数の正体不明の腸内菌。辨野先生の手でその正体が明らかになる日は近いのです。

取材協力:辨野 義己(べんの よしみ)

国立研究開発法人理化学研究所イノベーション推進センター辨野特別研究室特別招聘研究員

酪農学園大学獣医学科卒,東京農工大学大学院を経て,1974年理化学研究所に入所,2003年から理化学研究所バイオリソースセンター微生物材料開発室室長。2009年から同職。