ライフサイエンスの環境を設備する 大久保 公策

ライフサイエンスの環境を設備する 大久保 公策

大久保 公策 総合研究大学院大学遺伝学専攻 ( 国立遺伝学研究所・遺伝子発現解析研究室)

断片的な実験データを整理したとき、これまで気づかなかったデータのつながりを発見し、心躍ることがある。日々発表されるライフサイエンス分野の新たな研究成果。大久保教授はこの混沌とした情報を整理、構造化するためインフラから整える。ここから有機的な情報のつながりを生み出し、研究を推進していく。

医学部の衝撃が原点にある

軽妙な関西弁とちょいワル風の外見とは裏腹に、大久保教授は、揺るぎない信念を持っている。信念に照らして、おかしいと思うことにはおかしいとはっきりと言う強さがある。学生運動の機運が残る東京大学工学部に在籍中、所属研究室の教授人事で師事する助教授が転出されると、自らも大学院進学を断念。医師という資格を得て、組織に属さず自立したい。そのために学士編入した大阪大学医学部に、大久保教授が20年来取り組む研究の原点があった。工学部では原理・原則を背景に創造するのに対し、医学部で求められるのは、原理原則のない無限と思える表象に継承された膨大な経験を通じ、どう対処するかということだ。膨大な量の医学情報は、丸暗記では対応できない。いかに理解して頭の中に収めるか。そして、それを駆使するためにはどういう構造化が必要なのか。知的な情報処理に面白さを感じた。その結果、首席で大阪大学医学部を卒業し、臨床医として現場に立った。だが、根は科学者。1年後に研究の世界へ戻った。研究テーマは医学、ゲノム科学そしてライフサイエンスの情報をどう整理し、活用するかということだ。

構造化により科学が発展する

散在する情報を集め、並べ替え、比べて眺めることで背景にある規則を求める。例えば、大久保教授が運営に携わるDDBJ ( 日本DNAデータバンク) もあらゆる研究報告からDNAの配列情報という断片情報を集積保管し、参照利用と同時に理論家の洞察に供する。詳細に富む生命科学の辞典であるとともに理論科学への第一歩である。
どのように検索要求に応えるか、どのように洞察を促す再編を許すか、全てはデータベースの設計に依存する。情報の整理や構造化の有効な手段を考え、検証を繰り返す。日々新たな研究成果が生み出される現在のライフサイエンス分野には欠かせない研究だ。

未来を見据えて挑戦する
科学の根幹である科学情報の流通、ひいては評価や研究計画、科学政策まで英語圏の情報基盤に依存する我が国では、母国語で書かれた情報は書き手にも使い手にも軽視され保全や公開されることなく散逸していく。この状況に大久保教授は危機感を抱く。 科学がどんな方向に進展していくのかは、単なる偶然ではない。国家や資本の意思によって作られる科学政策に依存する。突き詰めれば日本語による思考が日本の研究の特徴である。「母国語による情報環境をもっと整備し、情報ブラウズ力のハンデがもたらす個々の研究者の視野の狭さを軽減し、欧米の追従ではない我が国の研究分野の個性や独自の創造性を生み出す日本語思考を応援したい」。
現在、日本の学会抄録、商業出版の解説誌、政府調査報告、科学研究申請書や報告書は事務局や図書館の片隅でほこりを被っていることが少なくない。散逸していく日本語文書が、実は我が国の科学者、技術者、政策立案者を利する貴重な著作である。著作権やプライバシー権の問題解決から情報の収集保全公開を進めること、これが日本語情報に関わる現在の課題であり、検索や洞察利用を助けるデータベース化がそれに続く課題である。 国内外で日本の科学はどのように位置づけられ、何を期待されているのか。専門分野だけに留まっていては見えてこない。これからの日本の科学の行方を、大久保教授は見ようとしている。