新しい視点で、ヒトを考える

新しい視点で、ヒトを考える

総合研究大学院大学 / 長谷川 眞理子教授

2009年3月16日、若田さんを乗せたスペースシャトルが打ち上げられた。人類は、とうとう宇宙での長期滞在が可能になるまでに進化を遂げたのだ。しかし、長谷川眞理子さんは、「脳レベルでは『出アフリカ』当時と変わっていないと思うの」という。

知識の蓄積が人類に進化をもたらす

  その昔、人類のフロンティアは地平線の向こう側、何とかしてアフリカ大陸の向こう側へ進出することだった。

 数百万年がたち、知識が蓄積されることで、宇宙に行けることがわかった。だからこそ、今度は宇宙がフロンティアとして注目を集めているだけ。やっていることは、「出アフリカ」と何ら変わりはないのだ。

 人類が、これだけ大きな進化を遂げることができた最大の理由は「知識の保存」にある。これまで、地球上に住むどんな生き物もDNAのみを子孫に残してきた。しかし、文字を発明し、紙を発明することで、人類は蓄えてきた「知識」をも子孫に残すことができるようになった。現在ではIT技術の発達により、パソコンやインターネットなどを利用することで、これまで以上に膨大な量の情報を扱うことができるようになった。

フィールドワーク

 では、ヒトとチンパンジーでは何が違うのだろうか。比較方法によって数値は異なるものの、遺伝子レベルでは数%程度しか違いがないと言われている。表現型の違いを見いだすために必要なのが、フィールドワークだ。長谷川さんも、東大の博士課程在籍中にはJICAの派遣専門家としてタンザニアに滞在しながら、3年間のチンパンジー観察を続けた。滞在期間は、泥壁にトタン屋根という現地の家を建ててもらい、そこに滞在した。観察を続けていく中から、特徴的な現象を抽出し、分析する事で、その意味を見いだしていく。

 その後、ケンブリッジでは、ダマジカのレックと呼ばれる求愛行動について調査を行った。1ha程度の範囲に直径4m 程度の縄張りを作って多くのオスが並び、約1ヶ月の間、ガボー、ガボーと鳴き続け、メスの獲得を目指す。観察側もその間、キャンピングカーでの寝泊まりを繰り返す。1ヶ月間でダマジカも観察者も痩せこけてしまうらしい。観察の結果、それまで知られていなかった、「メスのコピーイング」という新しい概念に至った。この成果は、1989年の『nature』に掲載された。

研究対象をヒトに移して

  「生態学しか学んでこなかった私には、ちょうど良い職がなかったの」。という長谷川さんは、帰国後、文系の大学で、自然科学を教えることになる。「人類は、生物学上どの位置にいるのか?」定期試験で、そんな問題を出したことがあった。当然、授業中にも紹介した樹形図を使って答えてくれるものと思っていたが、全員が、細かくきっちりとした文章で説明してきたのだ。そもそも、法学部では、文章できっちりと説明できることが重要視される。理系と文系では、頭の構造が違うのだと言うことを思い知らされた瞬間だった。

 それ以来、研究対象をヒトに移した。社会とか政治経済といった人類の営みを、全部脳の産物ととらえることで、従来の人文社会系の学問としてではなく、進化生物学や人類学の要素を加えた、新たな解釈を加える。これまでにない視点からヒトとは何なのか?脳の働きとは何なのか?人類の営みを複合的に分析するのだ。

 2007年に、生命共生体進化学専攻を立ち上げたことで、大きなチャンスが訪れた。「是非、内から湧き出てくる好奇心を持ち、考え続ける。三度の飯より研究が好き、そんな人に来てほしい」。長谷川さんの研究は、新しいステージを迎えたばかり。共に研究を推進していく若い力が求められている。