生命の美しさを追究する 佐々木 裕之
総合研究大学院大学 遺伝学専攻(国立遺伝学研究所・人類遺伝研究部門)佐々木 裕之教授
研究テーマとの出会い
「現在の研究テーマに出会ったのは、全くの偶然でした」。佐々木教授は、研究テーマとの出会いをこう振り返る。医師だった父親の影響で、九州大学医学部に進学するも、将来は基礎研究の道に進みたいと佐々木教授は考えていた。「医師も魅力的な仕事だと思いましたが、遺伝、細胞といったものに興味を持ったことがきっかけで、たくさんの人を救ったり、世の中を変えるような発見があるのは基礎研究だと思うようになっていたからです」。卒業後、1年間の内科臨床医を経験した後、九州大学の大学院に入学して研究を始めた。そこで与えられたテーマは佐々木教授が期待していたような基礎研究ではなかった。「医師の資格もあるし、興味深いヒトの遺伝病の原因を解明してください、と言われて優性遺伝病の家族性アミロイドーシスの研究をすることになりました」。研究の過程で、単離した病因遺伝子を動物に入れることでモデル動物ができるのではないかと考えて試してみた。ところが病気のマウスはできず、その代わり、父由来と母由来の場合で導入した遺伝子の働きが異なるマウスができたことがわかった。目の前で起きている不思議な現象に心が躍った。「これを研究したい」。以来、佐々木教授の20年来の研究テーマになった。
自分の仕事を大切にする
「最初は先生からもらったテーマをやったっていいと思う。自分のやっていることを大事にしていれば、いつか自分のやりたいことが見えてきますよ。やらないことには始まらない」。1985年、佐々木教授が、家族性アミロイドーシスの原因遺伝子をマウスへ導入したことにより見つけた現象は、1980年代前半に提唱されはじめた「遺伝子が両親のどちらに由来しているのか識別されている」というゲノムインプリンティングとよばれるエピジェネティクス現象の概念に則ったものだった。エピジェネティクスとは、哺乳類の個体発生の過程で、親から受け継いだ塩基配列を維持しながら遺伝子発現を変化させたり、分化した細胞がその細胞に特有な遺伝子発現パターンを維持したりすることができる調節機構のことをいう。「とても良いタイミングのときに見つけることができました」。この頃から、発生学、遺伝学をはじめ、いろいろな分野を取り入れたエピジェネティクスの研究が急速に進展し始めた。ゲノム解読が完了した今、ますます重要なテーマとなり、世界中で研究が進められている。世界中の研究者の成果に刺激を受ける一方、競争は激しい。
美しさを表現する芸術家
佐々木教授は、新たな発見のたびに科学者としての喜びを感じると同時に、「見たものを表現したい」という思いがこみ上げてくるという。「研究をして論文を書くことは、芸術作品、例えば絵や小説をひとつ完成させるような感覚です」。未だ、満足できる論文に仕上がったことはないという。佐々木教授にとって、これまで研究をやり続けてきた理由のひとつがここにある。「感動やロマンを感じさせるようなストーリーを、一生かかっても良いから作り上げたい」。多くの人を魅了する優れた文学作品のような論文を目指し、佐々木教授は研究を続ける。
(文・大野源太)