プロローグ ― 農と医の連携が創り出す新時代
長寿国となった日本が次に目指すのは「健康寿命の 延伸」だ。そのなかで、機能性食品の研究開発を取り巻く状況も変化しつつある。ここでは、高まる機能性 農林水産物・食品の社会的ニーズに対して、その背景や農学研究との関わり、そして、目的を達成するために何が必要になってくるのかを概説する。
予防医学に対する社会的なニーズの高まり
健康寿命とは、“健康上の問題で日常生活が制限さ れることなく生活できる期間”を示したものである。 2012 年度のデータでは、平均寿命と健康寿命の間には 男女ともに約 10 年の差が生じている。この期間は医療 費や介護給付費を受給することになるので、平均寿命 と健康寿命の差を縮めていくことは、個人の生活の質 の低下を防ぐとともに、社会的な課題となっている社 会医療費の抑制にもつながる。この方針を実現するう えで重要な役割を果たすのが予防医学だ。生活習慣の 改善や健康教育などを社会実装することで、生涯にわ たり病気にかかりにくい健康な体づくりを行うことが 必要とされているのである。
普及の機会を待つ機能性農林水産物
予防医学のなかで食は重要な位置を占めることは明 白だ。すでに、高血圧などの生活習慣病の疾病リスク をもつ方に対して、栄養指導が行われることは一般化 しており、また、自己の健康状態に合わせて特定保健 用食品(トクホ)やサプリメントを摂取する人も多い。 また、それだけではなく、日本では諸外国に比べても、 青果類や畜産・水産物がもつ機能性について多くの研 究成果の蓄積があり、高アミロース米や高イソフラボ ン大豆、高リコペントマトなど、特定の機能性を強化 した農林水産物が数多く開発されている。しかし、そ の利用にあたっては、機能性の評価基準が定まってい ない、予防医学として活用するための情報を消費者や 医療関係者に伝えるためのシステムが整備されていな いなど、いくつもの課題が存在している。農林水産省 では「機能性を持つ農林水産物・食品開発プロジェクト」 を立ち上げ、こうしたリソースを活用できるシステム づくりに取り組み始めている。
キーワードは医農連携
そのような背景の中、必要とされるのは医農連携で あろう。機能性をもつ農林水産物が医師や栄養士の指 導のもと、効果的に活用されるために連携が必須であ ることはいうまでもないが、機能性農林水産物の作用 メカニズムの解明や、ヒト介入試験などの実用を目指 した開発段階でも医農連携は重要だ。また、それを実 践するためのニュートリゲノミクスなどの新たな研究 分野が誕生しており、予防医学やアンチエイジング分 野において、医学の方から食品の機能性について研究 する動きも活発化している。こうした動きの中で、食 素材の機能性に関連する研究分野では、実用化と出口を見据えつつ、より密度の濃い医との融合を行うことが必要となると予測される。
変化する機能性食品を取り巻く環境
従来、サプリメントをはじめとしたいわゆる健康食品は、トクホ製品を除き、特定の疾病予防に関する有 効性を表示することはできなかった。現在の法律のも とでは、機能性農林水産物もまた機能性表示は不可能 だ。しかしながら、安倍首相の内閣総理大臣就任によ り復活した規制改革会議では、健康食品の機能性表示 が検討課題に盛り込まれ、北海道の“フード特区機構” では、健康食品等に含まれている機能性成分に関して「健康でいられる体づくりに関する科学的な研究」が行 われた事実を表示することのできる認定制度が創設さ れた。
このような環境の変化は、農学研究によって生み出 されてきた社会実装を待つ多くの知や技術にとって、 大きなチャンスである。太古から医食同源といわれる ように、両者が密接な関係にあることは経験的に知ら れてきたが、学術的な交流は活発とはいえなかった。 今こそ、農と医が積極的な連携を行うことで、世界で も例がない健康長寿社会の実現に農学は貢献すること ができるはずだ。