博士号の使い方 東京大学情報学環 鈴木高宏 准教授 vol.1

博士号の使い方 東京大学情報学環 鈴木高宏 准教授 vol.1

東京大学情報学環 鈴木高宏 准教授 vol.1 生産技術研究所 学際情報学府(兼担) (元)長崎県 産業労働部 政策監

鈴木高宏さんは異色のキャリアを持つ研究者だ。東京大学の准教授ながら、長崎県庁職員として自治体で働いた経験を持つ。技術を社会に還元したい。社会に役立つものをかたちに残したい。という情熱があったから、研究室に閉じこもって開発をすることにとどまらず、社会と関わり続けた。それが異色の経歴につながったのだろう。本サイトでは、2回にわけてそのユニークなキャリアに注目する。

 

社会に役立つものを残せる学問

幼い頃から工作は好きだが、しかし決して得意ではなかった。教養学部では宇宙や素粒子に興味を持ち、物理学科へ進学し先はノーベル賞を目指す考えもあった。しかし、この世の現象を理論的に解明していく学問は魅力的な一方、理論がかたちになるまでには長い年月がかかるし、本当にかたちに残せるのは一握りの人間だ。「進学を考えているうちに、自分はより社会に役立つものを残せるようなことがしたいという漠然とした思いに気づいたんです」。それで選んだ工学だった。東京大学工学部で選んだ専攻は機械情報。中でもロボティクスを選んだのは物心ついた頃の夢とは偶然の一致だった。学部では宇宙ロボットの姿勢制御の研究を行った。修士課程に進んだ時にちょうどバブルが弾けた。同期が続々と就職をしていく中、周囲と同じ流れに乗り、就職をする道も考えた。しかし、鈴木さんは大学での研究の道の大きな可能性を信じ、博士課程に進むことを決めた。

 

ロボティクスと制御に没頭した下積み時代

アカデミアで生きていくと決めてから宇宙ロボットからテーマを変えた。宇宙の研究は魅力的だったが当時はまだ実用化につながる道が狭いと考えたのだ。修士、博士と自由関節アームという、1つのモ―タで複数の関節を動かせる現象の動力学シミュレーションや実験を行った。博士号取得を間近に迎えたある日、自分の失敗に気づく。博士課程では学術振興会の博士特別研究員だったのだが、ポスドクになったときの申請を忘れていたのだ。学振が無ければ同じ研究室に残れない。他のポストを探さなければというところ、研究室の大先輩のお蔭で同じ東京大学内の生産技術研究所でポストを得た。研究所ではより応用に関係し、かつ一人でもできることを探して様々なテーマに取り組んだ。柔軟ロボットの開発もその一つ。出身研究室の上の教授が自動車工学が専門だったこともあり、自動運転システムなどのシミュレーションにも取り組むようになった。交通状況に合わせたルート制御まで含めた自動運転ができないかという興味から、交通流のシミュレーションに取り組んだのだ。これがのちの鈴木さんのキャリアに大きく関わることになる。

 

ソーシャルな研究室を目指す

鈴木さんの研究はユニークなスタイルを持つ。ロボットの教育活動やプロジェクト研究に積極的に参加し、研究室以外の人からのフィードバックを大切にしているのだ。転機となったのは展示会での失敗だ。横浜の展示会にロボットを持っていったのだが、装置の不良で動かなかったのだ。しかたがないので用意していた動画を来場者に見せて自分でロボットについて説明した。動いていれば自分で説明しなくてもわかってもらえる。しかし、鈴木さんは自分で説明したときの一般の人からの反応に興味をもった。いままで研究してきたことについて、世間ではこんな反応が得られるのだ、ということを実感できたのだ。それからは積極的にアウトリーチを行い、自分の研究を一般に出すことにした。「普通は完成したものをみてもらうことが多いのでしょうけど、私は完成していない段階でも人にみてもらってフィードバックをもらいたい。世間が何を期待しているのか、どんな反応をするのかを知ることは、社会でかたちになるものをと思って工学を志した自分には大事なことだと思っています。」目指すのは様々な人が訪れ、ロボティクスに関わることのできるソーシャルな研究室だ。

こうして非専門家の人たちと積極的に関わりながらソーシャルな研究室を目指して研究を続けてきた鈴木さんに長崎県庁への出向の話が舞い込んだ。次回は県庁でのキャリアにせまる。(続く)

鈴木高宏研究室