【サイエンストピックス】病原菌を排除する だけではなかった! 腸の免疫系の新たな役割(vol.23)
私たちは、腸の中にいる「腸内細菌」と毎日生活を共にしています。その種類は1000種、約総数100兆個にも及びます。体内では合成できないビタミンを提供してくれたり、消化吸収を助けたり、免疫力をつけてくれる「善玉菌」もいれば、アンモニアやインドールといった体に有害な物質を作る「悪玉菌」もいます。これらのバランスは体質や年齢、食生活やストレスなどによって変わってしまい、その結果、下痢やアレルギーを発症するなど、私たちの健康に大きく関わっていることが知られています。今回は、自分の体を守る仕組みである「免疫」と腸内細菌の関係についてご紹介します。
キーワード:免疫・腸内細菌・抗体・恒常性
腸は体内最大の免疫器官
テニスコート約1.5面分ともいわれている広大な表面積をもつ腸は、飲食物に含まれる栄養分を吸収する役割を担っている一方、食べ物と共に外から入ってくる細菌やウィルスなどの侵入者と日々戦っています。この戦いで活躍しているのが生物の教科書に出てくるB細胞やT細胞といった免疫細胞です。免疫細胞は、骨髄で生まれ、胸腺や脾臓に移動して成熟します。その後血流にのって、リンパ節や扁桃腺といったリンパ組織に移動します。腸には絨毛(じゅうもう)が全くなくドーム状に盛り上がった「パイエル板」と呼ばれる特有のリンパ組織があり、そこに免疫細胞が集まっています。なんと腸には全身の免疫細胞の約70%が存在しており、病原が侵入してきていないかを監視したり、侵入をブロックしたり、それでも侵入してくるものには、素早く対応しています。実は、腸は最前線の感染防御バリアーとしての役割を担っているのです。
病原菌の侵入をブロックする抗体‘IgA’
腸の中で免疫の大きな鍵となるのがIgA抗体です。この抗体は、腸の上皮細胞の下にいる免疫細胞によって作られた後、二量体となって腸管上皮細胞の中を通り、腸
管内腔に粘液とともに分泌されます。その結果、腸管内に入ってきた病原菌はIgAが結合することで、最終的に便として、体外へ排出されていきます。このようにして腸からの侵入者を食い止めているのですが、特に病原菌の感染がない状態でもこの抗体は大量に産生されており、その産生量は重さにすると1日あたり約5 gにもなります。そのことは、今まではあまり注目されていませんでした。しかし、近年の研究でその意義が明らかになりつつあります。
(図)腸のリンパ組織と免疫細胞
腸管内腔には、IgA抗体が二量体になって分泌され、腸管内に来た病原菌に結合し、侵入をブロックしている。
明らかとなったIgAの新たな役割
2004年2月、理化学研究所の研究チームは、遺伝子組換え技術を用いて、免疫細胞がIgAを作る際に働くAID遺伝子を欠損させたマウスを作成しました。この抗体を作ることができなくなったこのマウスの腸内を調査したところ、通常の個体と比べ、腸内細菌が過剰に増殖していました。そのことで、免疫系が過剰反応を起こし、本来の免疫機能を果たせなくなってしまうことがわかりました。この結果からIgAが外からの病原菌の排除だけではなく、腸内細菌の数も制御していることが明らかになったのです。さらに、最近になってIgAの存在だけでなく、細菌に対する結合力こそが、重要であることがわかってきました。結合力が不十分のIgA抗体を産生するマウスを作成し、その腸内を調べたところ、抗体自体は作られていますが、結合力が弱いため、本来、腸管内で捕捉され、排出されて増えることができない悪玉菌が、通常の個体と比べ400倍も増加していたのです。一方、善玉菌で知られるビフィズス菌は検出できないほど減少しており、腸内細菌の構成に大きな変化が生じていることがわかりました。最終的にこのマウスは、悪玉菌が過剰に増加したために、免疫系に異常が起こり、本来は腸管のみにしか見られなかった抗体が血液中にも出現していました。その結果、抗体が血流にのって全身に行き渡ることで、全身の免疫系が過剰に反応し、「自己免疫疾患」を引き起こしてしまったのです。このことは、腸内細菌数やバランスの制御が破綻すると全身の免疫系に異常を起こすことを裏付ける結果となりました。
これからも共に歩んでいく腸内細菌
私たちは、胎児のときは腸内細菌を持っていません。しかし、生まれてくるときに母親の産道から腸内細菌の一部を受け継ぎ、その後、食物や、生活環境などから様々な影響を受けて成長していく中で、徐々に自分の固有の腸内細菌の集団(細菌叢)を形成していきます。そして、細菌叢が発達していくと、私たちの免疫システムが適切に刺激、活性化し、免疫システムが発達していくのです。本来は、自分の体ではない腸内細菌。しかし、「第3の臓器」といわれるように、自分の体の臓器の一部であるかのように我々の体の恒常性維持に重要な役割を担っています。過剰に増えたり、構成比が変わってしまうと私たちの体に悪影響を及ぼすことがわかってきましたが、その細菌たちと私たちの免疫との関係はまだまだ未解明のことだらけです。しかし、これからも共に過ごしていく仲間であることに変わりはありません。しっかりバランスの良い食事と睡眠をとって、うまく自分の腸内細菌たちと付き合っていきたいものですね。