モルヒネが簡単に作れるようになったら

モルヒネが簡単に作れるようになったら

インターネットで注文すると、早ければ翌日に荷物が届く通信販売。その大手であるAmazon社が小型無人機ドローンによる配達を計画していることをご存知でしょうか。一方で国内ではドローンの落下事故や事件が取り上げられ、ドローンを規制する内容が盛り込まれた航空法の改正案が閣議決定されました。科学技術は豊かな生活をもたらしてくれるものですが、使い方を誤ると不幸をもたらす二面性をもっています。科学技術の進歩と同時に、適切に法律を整備することも科学技術が社会に貢献するのに必要とされています。近々、鎮痛剤としても使われますが、麻薬の一種でもあるモルヒネが簡単に作れる技術が生まれつつあります。この研究成果を社会はどのように受け入れていくのでしょうか。

毒にも薬にもなるモルヒネ

モルヒネはアルカロイドと呼ばれる化合物のうち、鎮痛・陶酔作用などをもつ麻薬性の物質の一つです。アルカロイドとは窒素原子を含む天然由来の有機化合物の総称(構造を似せて人工的に作られた化合物も含む)で、現在までに約3万種類が報告されており、生物に対して何らかの活性をもつことが多いというのが特徴です。活性をもつものが多い理由としては、DNAやRNAといった核酸や、生物の生体反応を担うタンパク質が同様に分子中に窒素を含むこと、あるいはセロトニンやノルアドレナリン、アセチルコリンなどの神経伝達物質がアルカロイドであることが挙げられます。

モルヒネもアルカロイドであり、毒にも薬にもなることが知られています。鎮痛剤としての効果があるため、戦争でも広く使われたという歴史があります。日本ではあまり使用されていませんが、現在でも世界的に医療現場でガンの痛み止めなどに使用されています。一方で、正しく使用しないと依存症や副作用で苦しむ人々を生み出してしまうだけでなく、さらに毒性の高い麻薬であるヘロインの原料となることも知られています。しかしこのようなモルヒネを、簡単に作れる世界が間もなく訪れようとしています。

モルヒネ合成の全工程を酵母で再現

2015年5月18日、(S)-レチクリンというモルヒネ前駆物質をグルコースから作り出せる酵母の作成に成功したという発表がありました(Nature Chemical Biology)。この研究は、酵母が作るアミノ酸のチロシンをL-DOPAという分子に変換する反応を促進する酵素の発見が肝要でした。これまで、この反応を効率的に進める酵素が見つかっていませんでしたが、テンサイ(サトウダイコン)から見つけ出し、酵母に組み込むことで、新しい酵母の作成に成功しました。この研究は過去の知見と合わせると、バイオテクノロジーの分野にとどまらず、社会的に大きな意義をもつものになります。実は、今回の酵母は、モルヒネを合成する経路の前半部分をすべてもっています。そして、すでに他の研究により、後半部分をすべてもつ酵母、また、前半部分と後半部分をつなぐ経路をもつ酵母が生み出されています(図参照)。このことは、これらの経路をつなぎ合わせ、すべての合成経路をもつ酵母を作成すれば、グルコースという単純な物質からモルヒネを簡単に生合成できることを意味しています。そしてその実現は数年、あるいは数か月後かもしれないと見込まれているのです。

今回の研究成果により、数個の酵母に分かれてはいますが、グルコースからモルヒネを合成する経路がすべて作られました。技術的には、すべての経路を一つの酵母にもたせることが可能であり、近い将来、モルヒネを簡単に生合成できるようになると考えられています。

今回の研究成果により、数個の酵母に分かれてはいますが、グルコースからモルヒネを合成する経路がすべて作られました。技術的には、すべての経路を一つの酵母にもたせることが可能であり、近い将来、モルヒネを簡単に生合成できるようになると考えられています。

これは、遺伝子組換え技術を中心としたDNA操作技術を駆使し、新しい生命機能の探索や有用物質の生産に活かそうという合成生物学と呼ばれる分野の成果といえます。この分野では2014年には一からDNAを人工合成し、自然界に存在しない酵母を創りだすことにも成功しています。科学の知識が深まり、工学の技術が洗練された今、そしてこれからも、SFの世界が実現されていくと考えられます。

研究を社会に還元するためにもリスクを考える力を

近い将来、ビールを作るための樽の中で、モルヒネを作れる時代がやってきます。このことは医薬品を安価に大量生産できるようになるという大きなメリットをもたらす反面、多くのモルヒネ中毒者を生み出す可能性や、違法業者による麻薬産生を簡単にしてしまうというリスクをはらんでいます。近年の科学技術は加速度的に進展するだけでなく、専門性が非常に高くなっています。裏返せば、科学技術を正しく理解することは、これから一層難しくなってくることが予想されます。法整備により、いわゆる倫理的に善とされない使用法を制限することは必要かもしれません。一方で、その線引きによってはせっかくの技術を社会に活かすことができなくなることも十分考えられます。次世代を生きる子どもたちには、科学にはメリットだけでなくリスクがあるという二面性を理解することが今以上に望まれるのではないでしょうか。

参考文献

William C DeLoache et al.
Nature Chemical Biology 11,465–471 (2015)
An enzyme-coupled biosensor enables (S)-reticuline production in yeast from glucose

ライターコメント

科学自体には善も悪もない、使い方次第とよく言われます。メリットの一方でリスクを考えることは研究者自身も肝に銘じなくてはならないと改めて気付かされました。

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