オリジナリティを持って、周囲の想像を超えてゆけ 今村 公紀

オリジナリティを持って、周囲の想像を超えてゆけ  今村 公紀

エッジの効いた若手研究者の支援をスローガンとするリバネス研究費に3度目の採択を受けた京都大学霊長類研究所の今村公紀助教。同氏は京都大学の山中伸弥教授の下で博士号を取得し、今もiPS細胞を用いて研究を行っている。ただしその細胞はヒトでもマウスでもなく霊長類のもので、研究のキーワードも再生医療や創薬ではなく、「進化」と「発育」だ。

自分にしかできない研究を

 博士課程在学中にiPS細胞が開発され、世界中の研究者がこぞって参入する状況に身をおいた今村氏。最先端の研究に関われることに喜びを感じつつも、全員が同じ方向を向いて競争する状況に「自分がいなくても進む」という感覚を覚えたという。

 iPS細胞の応用としては、再生医療や創薬が圧倒的にマジョリティ。しかし、研究ツールとしてのポテンシャルはもっと幅広いはずだとも考えていた。そんな時に出会ったのが、霊長類だ。慶応義塾大学の岡野教授のもとでマーモセットを用いた研究を進める中で、マウスとは全く異なる予想外のデータが得られることが多くあった。マウスを使った研究だけではヒトのことは分からないのではないか。そう感じた今村氏が現在の所属への異動とともに立ち上げたテーマが「霊長類iPS細胞を用いた進化研究」だ。

チンパンジーiPS細胞で進化を紐解く

 ヒトとチンパンジーのゲノム上の違いはわずか1.2%。しかしそこには知性の獲得など、「ヒトらしさ」を生み出す分子基盤が隠されている。今村氏はチンパンジーのiPS細胞から作った神経細胞にヒトの遺伝子を組み込み、神経ネットワークの発達にどのような影響を与えるかを調べている。

 また、医学的視点から見ると、チンパンジーはヒトと比較してアルツハイマーやがんにかかりにくいという特徴がある。この理由を解明するため、ヒト疾患の原因遺伝子をチンパンジーiPS細胞由来の細胞に組み込み、起こる変化を確かめようとしている。これら「進化生物学」と「進化医学」の観点から、今村氏はヒトを深く知り、また現在のヒトの先にある可能性を見たいと考えている。

予想外の結果を楽しむ

 医療応用と比べて研究の意義が伝わりにくく、学会での反応は賛否両論だという。「そういう周囲の反応は、新しいことをやっている証拠だと考えるようになりました」。今は地道にデータを積み重ねながら、発信する場を増やし、少しずつ理解を得ていくしかない。そのために、人との出会いを大切にし、自ら積極的に研究会を主催している。「人の研究会ではあくまで一ゲストですが、主催することで新しい研究分野創設のハブになりたいと考えています」。待っているだけではチャンスは訪れない。自ら動くことでより大きな何かを得ることができるのだ。

 今後はさらに、霊長類の発育生物学にも研究の幅を広げていくつもりだ。性成熟までの10年間の発育過程の間、生殖細胞に何が起こっているのかは、哺乳類でもまだほとんど手つかずの研究分野だそうだ。想像できることを証明するより、予想外の事実を明らかにしていく過程を楽しみたいと今村氏は話す。そのために必要なのは、人とは違う視点を持つこと、そして自ら動くことで考えを示し続けることだ。(文・中嶋香織)

今村 公紀(いまむら まさのり)

京都大学大学院医学研究科 博士課程修了(医学博士)。
滋賀医科大学動物生命科学研究センター 特任助教、慶應義塾大学医学部生理学教室 特別研究助教/グループリーダーを経て、現職。