複雑な生命から、本質を見出す|宗行 英朗

複雑な生命から、本質を見出す|宗行 英朗

中央大学 理工学部 物理学科 教授

物理学科で生命科学の研究をしている宗行さん。その原動力は,複雑な生命現象の本質をとらえ,シンプルな言葉で「要するにこれや!」と言いたい,そんな想いからあふれてくる。

生物との出会い

学生時代は生物という科目は暗記することが多いから嫌いで,むしろ公式を理解すれば多くの問題を解くことができる物理や数学の方が魅力的だったという宗行さん。転機となったのは,製薬会社に勤める父親に渡された『生命の起源』という本だった。興味を持ったのは,化学物質をどろどろと混ぜておくと,その中で化学反応が起こり,動くものが見えるという内容。「自分で条件を調べて研究をすれば,人工生命をつくれるかもしれない」と考え,大学では生物化学を専攻することに決めた。

生命をひも解く挑戦のはじまり

数ある生命現象の中で目をつけたのは,細胞を包む膜だった。生物が持つ細胞はすべて膜で包まれており,必要なものは膜を通して外界から取り込み,不要なものははき出す。膜こそが生物が外界と触れる最前線だ,と考えた宗行さんは,人工的に膜をつくって,そこに微生物が持つタンパク質を埋め込んで働きを調べ始めた。研究対象のひとつに,「バクテリオロドプシン」という,光を受けると水素イオンを膜の内側から外側へくみ出すタンパク質がある。それは数百個のアミノ酸が折りたたまれて筒のようなかたちになり,その内部を水素イオンが通るのだが,どのようなしくみで移動が起こるのかはわかっていなかった。「その原理を解明し,何らかの規則性を見つけたい」。研究をする中で目を付けたのは,筒の内側にあるたった3つのアミノ酸だった。

本質を見極める

そもそも,生命現象は化学反応が絶えず起こることで成り立っており,その反応はボールが坂を転がっていくようにエネルギーの低い,安定な方向に進む。そう考えると生命現象は化学と物理を使って説明できるのだ。3つのアミノ酸は,それぞれ水素イオンとの結合に必要なエネルギーの大きさが異なる。その比を図に表すとV字型をしており,水素イオンはエネルギー状態がより低い方へと受け渡されていく。光がない状況では,細胞膜の内側にある水素イオンはエネルギー状態が低く安定な2番目のアミノ酸(Vの下端)までは簡単に移動するが,その先は上り坂で進むことができない。ここに光が当たると,2番目のアミノ酸がそのエネルギーを吸収し,全体のエネルギー状態の関係がV字型から山型に変わる。谷底にあった水素イオンが頂上へ持ち上げられ,そこから転がり落ちるように膜の外側へ移動するというわけだ。実際,このエネルギー位置の変化を方程式で表してシミュレーションを行うと,実験で観測されたデータとぴったりと重なった。この瞬間,「要するにこれや!」と感じた宗行さん。生命現象を物理と化学の知識を使いながら解き明かしていった結果,3つのアミノ酸が持つエネルギー状態の関係の変化というシンプルなモデルに行き着いたのだ。

自分の目で確かめる

現在は,生物のエネルギーであるアデノシン3リン酸(ATP)を合成する「ATP合成酵素」について研究している。この酵素は機械のモーターのようにくるくる回ることで働くため,別名「分子モーター」と呼ばれている。その回転を分析することで,分子モーターがどんなしくみで動いているのか,本質を探っているところだ。教科書や先生の話を鵜呑みにしていると,世の中わかっていることだらけでつまらない,と感じるかもしれない。研究室で宗行さんが学部生に対して「これやってごらん」と研究課題を与えると「えっ,結果なんて知ってることじゃないんですか」と言われることもある。しかし実際は,ものごとの本質は先生も学生も同じようにわからないもの。世の中の確かなことは自分で見つけていくのだ。(文・飯田剛史)

宗行 英朗(むねゆき えいろう) プロフィール:

1989年東京大学理学系研究科生物化学専門課程で理学博士を取得。埼玉大学助手,東京工業大学助手を経て,2005年に中央大学理工学部へ助教授として赴任。2008年より現職。

http://www.phys.chuo-u.ac.jp/j/muneyuki/