宇宙を泳いだレオーノフ
トラブル続きの船外活動
Voskhod 2号が地球を飛び立ってから1時間半後、レオーノフは宇宙での24分間の船外活動という重大な任務をこなし、約26時間後に無事に地球へと帰還しました。
しかし、彼が宇宙に滞在した26時間は、実はトラブルだらけだったのです。当初、宇宙空間は人間のからだに予想外の影響を及ぼすのではないかと心配されていました。実際には、レオーノフのからだに異変は起こらず、船外活動は順調に行われました。しかし、船外活動の終了間際、レオーノフが宇宙船のドアへ戻ったとき、彼は異変に気づきました。なんと宇宙服が異常に膨らんでいて、手や足を思い通りに動かせず、宇宙船に上手く入れなくなっていたのです。レオーノフは足から扉に入る予定を変更し、頭を宇宙船に突っ込むように入り込みました。さらに宇宙服の中にたまってしまった空気を抜くという機転によってなんとか宇宙船に戻ることができたのです。そして扉を閉じ、安心したのもつかの間、船外活動をするために使用した装置「エアロック」を宇宙船から切り離す作業に爆薬を用いたところ、爆発の衝撃でVoskhod 2号がバランスを崩し宇宙船が飛びながらくるくる回ってしまう事態が起きてしまいました。このくるくる回る現象は大気圏突入準備に入るまで数時間続き、2人の宇宙飛行士を悩ませました。
さまざまなトラブルに見舞われながら、ベリャーエフとレオーノフの2人の宇宙飛行士はなんとか地球へと帰還しました。彼らの初の船外活動という偉大な功績は、人間は宇宙空間で活動可能であることを実証しました。宇宙開発をさらに前進させたのです。
船外活動をするということ
レオーノフが経験した人類初の船外活動では、予想外のトラブルが数多く発生しました。どうしてこのようなことが起こったのでしょうか?宇宙空間へ人間が進出することは、宇宙船の中にいるのとどれだけ違うのでしょう?
私たちの暮らしている地球の周りには重力で引き寄せられた空気の層があります。そのため、私たちは空気を使って呼吸することができます。また、空気の層が有害な放射線や熱を妨げてくれるので、それらの影響も受けずに安定した環境で生活することができます。宇宙船の中というのは地球環境と同じように船内の空気や温度を一定に保ち、また大きなシェルターとなって放射線を直接浴びる危険性を減らすようにつくられています。しかし、宇宙空間には空気がほとんどありません。また、放射線が絶えず飛び交い、太陽の当たり具合で温度が激変する世界です。宇宙船を飛び出し、船外活動をするということは人間が生きられない苛酷な空間へ飛び出すこと。船外活動をすることは非常に危険な行為なのです
宇宙船を飛び出す大きな関門
宇宙空間において空気がほとんどないということは、呼吸ができないだけではなく、もうひとつ私たちのからだに大きな影響を及ぼします。それが「気圧」です。この「気圧」が、このレオーノフの船外活動で起きたトラブルの数々のカギを握っていました。気圧というのは、気体が持つ圧力のことです。普段感じることはありませんが、気体はいつもあらゆる方向から物体を押すように働いています。さらに気圧は、一定ではなく変化します。
気体というのは細かい粒が集まって構成されています。温度が変わらないある一定の空間の中にたくさんの気体の粒がつまっているとき、気圧は高くなります。また逆に粒が少なければ、気圧は低くなります。
地球の周りには空気の層があるといいました。地球は重力によってたくさんの空気の粒を地球の周りに留めておくことができます。そのため地球には一定の空気の圧力が生じています。特にこの空気の圧力を「大気圧」と呼び、海面の大気圧を1気圧としています。これに対し、宇宙空間では空気を留めておくことができず、広い空間に空気の粒が散らばってしまいます。そのため、気圧はほとんど0になるのです。
レオーノフが船外活動をした時のことを思い出してください。宇宙服が大きく膨らんでしまって、思い通りに作業できず一歩間違えば死の危険にさらされてしまいました。宇宙服は宇宙空間で生きられるよう温度や空気を供給したり、からだを守ったりする役割を果たしています。宇宙船も同じ働きを持ちますが、宇宙服は宇宙飛行士が作業しやすいよう柔らかな素材でつくられているのが特徴です。そのため、宇宙服内部に空気を供給したとき、宇宙服の中の空気の圧力が高くなり宇宙服が風船のようにパンパンに膨れあがってしまったのです。
もっと作業しやすい宇宙服をつくる
このようなトラブルを回避するために、さらなる宇宙服の改良が加えられました。今の宇宙服は、さまざまな素材でできた生地を14層にも重ねることによって、からだを守ると同時に宇宙服が膨れて作業できないことがないような工夫がされています。また、船外活動に出る前に、少しでも気圧差を無くすよう多くの工夫がされています。たとえば、空気ではなく酸素だけを利用して、人間のからだにとって最低限からだのバランスをとることができる高さ約0.3気圧程度に保たれています。ただし、0.3気圧というのは普段暮らしている1気圧と比べると1/3程度の低い気圧のため、船外活動の前に10時間程度の長い時間をかけて気圧を下げながら、さらに空気ではなく、酸素の多い気体で、低圧環境にからだをならす作業を行います。
船外活動は非常に危険な行為ですが、人工衛星などの装置の組立てや修理、サンプルの収集、写真撮影などの作業のためには非常に重要です。さらに、みなさんもご存知のように今、宇宙では国際宇宙ステーション(ISS)が建設されています。現在、船外活動をさらに速くたくさん行うため、新しい宇宙服の開発が世界中で進められています。もっと簡単に、誰もが船外活動ができる日も近いかもしれません。 この先、どんな画期的な宇宙服が生まれるか、楽しみですね。
【参考文献】
- 『アポロとソユーズ―米ソ宇宙飛行士が明かした開発レースの真実 』
- デイヴィッド・スコット、アレクセイ・レオーノフ 著、鈴木律子、奥沢駿 訳 ソニーマガジンズ
- JAXA 宇宙情報センター
- https://spaceinfo.jaxa.jp/
- JAXA 宇宙ステーション・きぼう広報・情報センター
- https://humans-in-space.jaxa.jp/
(文責:設楽 愛子)