地球に生きる小さなメッセンジャー=「ヒョウガエル」

地球に生きる小さなメッセンジャー=「ヒョウガエル」

人類初の宇宙飛行に成功したガガーリンが宇宙に飛び立つ約3週間前の1961年3月25日、ソ連の宇宙船Vostok3号の2度目のミッションには、ヒョウ柄が特徴の「ヒョウガエル」が乗っていました。

カエルがあぶない!

ヒョウガエルというと聞き慣れない名前ですが、彼らはウシガエルと近い仲間で、名前の通りヒョウのような斑点が特徴的な、北アメリカではよく見られるカエルです。日本では生物の授業の中でウシガエルの解剖を行ったりしますが、アメリカではヒョウガエルを使うそうです。当時は受精卵からの発生についての研究などでよく用いられたため、宇宙に運ばれたのです。

しかし現在、ヒョウガエルを含めた両生類の多くが世界中で広く絶滅しており、その数を急速に減少させています。その原因としては、地球温暖化などの気候変動、人間の土地開発による生息地の喪失、化学物質への曝露による弱体化など、様々な原因が考えられており、多くの研究者がその因果関係を追求すべく、日々研究に励んでいます。そんな中、アメリカの1つの研究グループが、アメリカの各地で絶滅の危機に瀕しているヒョウガエルの異常と、アトラジンという農薬の関係について研究し、大きな成果を出しました。

オスなのにメス?!

アトラジンは除草剤として古くから利用されてきた化学物質で、日本を含む80カ国以上で用いられてきました。ヒョウガエルが広く生息するアメリカでも多く使われ、各地の川や湿地などで様々な濃度のアトラジンが検出されています。

カエルが高濃度のアトラジンに曝露されると、オスの体内に卵巣が形成されてしまう、ということは、以前から他のカエルを用いた研究で知られていました。それらの研究では環境中に存在するアトラジンの数百〜数千倍もの濃度での影響を見ていたのですが、今回の研究グループは0.1ppb(Parts per billion;10億分の1)という、従来の研究と比較して約1万分の1程度の非常に薄い濃度に曝露されても異常が起きることを初めて発見しました。それだけでなく、0.1 ppbのような薄い濃度の方が、それより100倍以上濃い25 ppbの濃度に曝露されたときよりも3倍多い割合で異常を示すことが分かったのです。この結果は、過去の研究でよく使われていたアフリカツメガエルだけでなく、ヒョウガエルでも同様の結果が得られています。

ここまでの研究結果は研究室内で人工的にカエルをアトラジンに曝露させた実験の結果なのですが、彼らは実際に、アメリカ各地に生息しているヒョウガエルにも同じ現象が起きているのかを調べました。その結果、6.7 ppbのアトラジンが検出された場所より、わずか0.2 ppbを示す場所の方が性腺異常を示すカエルの割合が4倍以上も多いことが分かり、環境中での濃度が薄ければ生き物への危険は少ないと考えられてきたそれまでの世間の考え方に疑問を投げかける結果となったのです。

小さなヒョウガエルから発信される警告

彼らが捉えた、カエルへの農薬の影響はこれだけに留まりません。2006年、彼らはアトラジンだけでなく、環境中に排出される他の農薬についてもヒョウガエルへの影響を研究し、論文として発表しています。そこには、1種類のみの農薬に曝露されたヒョウガエルでは約10%またはそれ以下という低い死亡率を示す農薬でも、複数の農薬を同時に含む環境に曝露された場合ではその死亡率が著しく高くなることが報告されています。さらには、複数の農薬への曝露によって初めて発症する感染症があり、死亡率を高めている可能性が分かってきました。

環境中に排出される農薬には、生き物にとって安全とされる濃度を基準値として定めて規制がかけられています。しかし、これら基準値を定めるために行われている実験は、それぞれの農薬について、個別に生き物に与える影響を調べています。そのため、複数の農薬による複合的な作用で害を及ぼす場合には、その危険性に気付くことが非常に難しいことになります。今回紹介したヒョウガエルの研究は、農薬から受ける健康への害について、私たちがこれまで考えていたよりも、もっと深刻であることを教えてくれているのかもしれません。

私たちが住む日本でも、夏の田んぼなどで見かけることができるカエル。いつもは鳴き声だけを聞いて、ただ通り過ぎてしまうだけの身近なこの生き物に、ふと目を向けてみると、ひょっとしたら環境に敏感な彼らは、今も私たちに何らかのメッセージを伝えようとしてくれているかもしれませんね。

【参考文献】

“Pesticide mixtures, endocrine disruption, and amphibian declines: Are we understanding the impact?”
Environmental Health Perspectives Vol. 114 p40-50 (2006) Tyrone B. Hayes et al.
“Atrazine-induced Hermaphroditism at 0.1 ppb in American leopard frogs (Rana pipiens): Laboratory and field evidence”
Environmental Health Perspectives Vol. 111 p568-575 Tyrone B. Hayes et al.
Our Stolen Future
http://www.ourstolenfuture.org/NewScience/synergy/2006/2006-0124hayesetal.html

(文責:臼杵裕之)