まちに科学の種を植える【沖縄工業高等専門学校太田 佐栄子 先生】
沖縄の玄関口である那覇空港から約70km離れた沖縄北部の町、名護。
ジュゴンが生息する海やヤンバルクイナが生息する山に囲まれた町で、
沖縄工業高等専門学校の教員を中心としたチームが学校を飛び出し、科学をテーマに街づくりに取り組んでいる。
沖縄北部地域一体となってとの願いを名前に託したALLやんばる科学と教育のまちづくりプロジェクトについて
太田佐栄子先生にお話を伺った。
街に作った科学の遊び場
ALLやんばるプロジェクトの中心地となるのは、
科学館のない地域で常に科学を体感できる機会を作ることを目的に空き店舗を改装して作ったサイエンスランドだ。
ここには科学の本や顕微鏡、理科器具などがそろっており、
市民が自由に利用することができる。利用者の多くは地域の小学生であり、
家で採取してきた虫を顕微鏡で観察し、本やパソコンで調べてまとめ、教員がメッセージを添える。
「素直に面白いと思ったことを伝えることができるようになってほしい」と話す太田先生には、
サイエンスランドで遊んだ子どもたちに科学の楽しさを伝える担い手になってほしいというねらいが込められている。
また、月に1回は理科教員だけでなく農家、主婦など科学好きの大人が集まり、
自分の自慢の実験を披露する会も行っている。
まさに、サイエンスランドは、市民が科学をゆんたく(沖縄の方言でおしゃべりをすること)する場所として機能している。
楽しいことが伝播していく場
「科学と聞くだけで、一般の人は敷居が高く感じてしまう。それを解消したいのです」と太田先生は話す。
実験教室を行う際も、知識を与えるのではなく、参加者の興味を引き出すことに注力している。
「楽しいことは自然と伝播していく。科学もまた同じ」をモットーにプロジェクトを進めている。
交通が不便な地域では実験教室を行うのも簡単ではない。
そこで、沖縄工業高等専門学校の学生たちが活躍することで、出前実験教室が開催されている。
学校で有志を募り、参加を希望した学生たちが実験教室の企画を考えることもある。
実験教室を実施する中で見えてくるのは、学生たちの新しい一面だ。
参加した学生たちは、ジェスチャーや絵を使って原理を説明し、子どもの目線にしゃがんでメッセージを伝えようと工夫をする。
実験教室実施後に学生たちが口々に言うのは「自分が学んだことを子どもたちに伝えることは難しい。
どうやったら彼らの興味を引き出せるのだろう」という言葉。太田先生は「学生たちに自分で感じた気付きを大事にしてほしい。
これは学校での、知識を与えるだけの授業ではできない経験です」と話す。
科学で世代間をつなぐ場
科学で人をつなぐ、このプロジェクトが対象とする中にはもちろん、お年寄りも含まれている。
太平洋戦争の時に地上戦が行われた沖縄では、学校教育を満足に受けることができなかった高齢者が多い。
そんな方々が科学イベントに参加し、自分が体験できなかった科学の楽しさに触れ、今度は孫を連れて参加する。
このかたちこそが、大家族が多く、世代を越えた家族の絆を大事にする沖縄ならではの科学の楽しさの伝わり方なのかもしれない。
本プロジェクトを通じて先生方がやんばるの子どもたち、学生、地域の方々に渡した科学の種は、今ゆっくりと育ち始めている。
※ALLやんばる科学と教育のまちづくりプロジェクトはJST 科学コミュニケーション連携推進事業ネットワーク形成地域型により沖縄県北部の連携自治体とともに実施しています。