「疲労」のしくみにせまる 磯貝 毅

「疲労」のしくみにせまる 磯貝 毅

長年使っていた鍋の取っ手が、突然付け根から折れてしまった経験はないだろうか。
たとえ水をたっぷりと入れていたとしても、その程度の重みで折れるはずがないのに…。原因は、「疲労」と呼ばれるふしぎな現象だ。

金属も疲労する

磯貝 毅 1990 年、東北大学大学院工学研究科にて博 士(工学)を取得。同年、帝京大学理工学部 機械・精密システム工学科に助手として赴任 し、1992 年よりケンブリッジ大学大学院へ 留学。2010 年より現職。

磯貝 毅
1990 年、東北大学大学院工学研究科にて博 士(工学)を取得。同年、帝京大学理工学部 機械・精密システム工学科に助手として赴任 し、1992 年よりケンブリッジ大学大学院へ 留学。2010 年より現職。

筋肉と金属、語感は似ているが性質がまったく異なるこの2つには、力をくり返し加えることで「疲労」するという共通点がある。
たとえば運動をしすぎたとき、筋肉に痛みが現れたり、うまくからだを動かせなくなったりすることを疲労と呼ぶ。
一方で金属の場合には、一回一回では変形などの影響を与えない程度の小さな力をくり返し長時間に渡って受け続けるうちに、き裂が生じたり変形したりして、最悪の場合壊れてしまうことを疲労と呼んでいる。
鍋の取っ手が取れるだけでも熱湯をこぼしてしまうような危険性があるが、飛行機のジェットエンジンなどの場合では、はるかに深刻だ。
万が一にも事故を起こさないため、部品には必ず使用期限があり、数か月おきにすべての部品の点検を行っている。
しかし現実には、それでも事故は起きてしまう。
その原因は、金属の疲労に関する研究が150年以上に渡って行われているにもかかわらず、いまだに不明な点が多いことにある。 

加熱して、ひっぱり、ねじる

磯貝先生の研究室では、金属に対してできるだけ実際の状況に近い負荷を加え、疲労がどのように起こるのかを詳しく調べている。
見せてくれたのは、同じかたちをした金属製の2本の円筒だ。
1本はきれいな光沢を持っているが、もう1本は茶色く焦げたような色をして、斜めに細いき裂が入っている。
「こちらが使用前、こちらが使用後。この場合だと数万回くり返して力が加わったことで、こうなったんです。色が変わっているのは650°Cで実験をしたから」。
実験では、高温の電気炉に入れた金属に、ひっぱったり圧縮したりする力と、ねじる力を同時に加えている。
通常の疲労試験はひっぱったり圧縮したりするだけだが、実際にジェットエンジン内部の部品などを考えると、回転や往復運動などの動きだけでなく、風などにより別の方向の力が加わる。
このように2方向以上の力が同時に加わることを「組合せ応力」の状態と呼び、現実の機械部品の多くはこの状態にある。
「ただ、この条件で実験をするのは結構大変なんですよ。専用の装置が必要だから、そんなにやっている人がいない。そのせいで、よくわかってない部分がかなりあるんですよね」。
しかし、実用性を考えると、この実験が必要なのは間違いない。
現実に即して疲労のしくみを調べるため、2つの力のバランスを少しずつ変えながら、き裂が入り始める時期やき裂の大きさ、それが伸びるスピードなど基礎的なデータを集めている。 

コンピュータで原因を探る

実験を行っていると、き裂の入り方にさまざまな違いがあることに気づくという。
ある力のかけ方をすると、早い段階で小さなき裂が生まれるが、その後なかなか広がらない。
別の場合は、長い時間何も起きないが、一気に大きな割れが起きる。
「なんで?って思いますよね。そこは実験結果だけを見てもわからない部分があるので、コンピュータによる解析で何がカギなのかを調べようとしています」。
まず、細かいブロックの集合として金属部品のモデルをつくる。
レンガを積み上げて、大きなかたまりをつくるイメージだ。
そこに組み合わせ応力を加えたとき、それぞれのブロックにどの程度の力がかかるのかを計算する。
き裂が起こる場所に、どのように力が集中していくか、き裂が伸びる速さが違うときは、力の加わり方がどう違うのかを解析することで、疲労の原因にせまるのだ。
この方法を使うと部品強度が予測できるため、研究だけでなく部品設計の際にも使われている。 

夢は自然に学ぶものづくり

研究の目的は、疲労がどのようなしくみで起こるのかを知り、部品を長持ちさせるための設計方法へ活かすこと。そう考えたとき、現在の工業製品づくりとはまったく違う方法もあり得るのではないかという。
そう考えたきっかけは、岐阜県にある世界遺産、白川郷にあった。
そこは茅葺き屋根の古民家が立ち並ぶ集落。
「根曲がりの木」と呼ばれる、斜面に生えた樹木が雪の重みで曲がったものが、屋根を支える木材に使われている。
曲がった木を使うことで、屋根にかかる力をうまく分散させているのだ。
「ひとりの人間が考えて実験できることなんて、限界がありますよね。それに対して自然界で起きたこと、歴史の中で何代にも渡って行われてきたことは、はるかに多いですから」。

それを学ぶことで、新しいものを生み出せたら…。

そんな夢を思い描きながら、磯貝先生は研究を続けている。

磯貝 毅(いそがいたけし)

1990 年、東北大学大学院工学研究科にて博 士(工学)を取得。同年、帝京大学理工学部 機械・精密システム工学科に助手として赴任し、1992 年よりケンブリッジ大学大学院へ 留学。2010 年より現職。