異なるアプローチで新たな論理を構築できるか 石崎俊

異なるアプローチで新たな論理を構築できるか 石崎俊

慶應義塾大学 環境情報学部教授 石崎俊さん

これからのものづくりでは、いわゆる大量生産よりも質を重視して、人間の脳に素直なもの、感性や主観に訴えるものの価値が重要になるならば、情報科学では人間により近い「感性」や「主観」をいったいどのように捉えるのか。「感性」で受け取っている情報の1つ、「言葉」について研究しているのが慶應義塾大学の石崎俊さんだ。コンピュータにできることは増えてきているが、人間と同じように言葉を「理解する」ことはできていない、と話す石崎さん。自然言語処理と脳の機能への2つのアプローチで「言葉の理解」を科学して、機械が人間に近付くヒントを探している。

言葉を理解する場所

石崎さんは今、近赤外分光法(NIRS)を用いる装置を使って、言葉に関する脳内の活性を見ている。外部から入ってくる情報を受け取るとき、脳は私たちの想
像を超える複雑な働きをしている。たとえば、「一升瓶を飲む」と聞いた私たちの頭で連想されることは、瓶を飲み込んでいる姿ではない。すぐさま「一升瓶の中のお酒を飲む」の意味に置き換えられる。このように、私たちのコミュニケーションや何か情報を受け取ったときに感じる感性は、脳が瞬時に行う「連想の力」によって支えられている。NIRSによると、より抽象的な上位概念と具体的な下位概念では、人間が、記憶している脳の場所が違ったり、通常の言葉は脳の左側で処理されているが、感覚的な理解を要するメタファー(比喩)は脳の右側でも処理をされていたりする。通常の言葉の理解と感性に働きかける際の処理の相違が見られるのだ。このように、言語を理解する過程が脳の活性から見えるようになったら、機械にそのプロセスを踏襲させるシステムが考えられるかもしれない。

量から密度への移行が、機械を人に近づける

石崎さんが脳に注目するようになった理由は、より人間の脳に近い情報処理の仕組みを作り出せないかと考えたからだ。元々の専門は「自然言語処理」。音声認識や機械翻訳、情報検索で使われているこの技術のこれまでのアプローチは、大量データをいかに効率よく処理できるかを追求することだった。たとえば、自動要約システムは、その文書の中これからのものづくりでは、いわゆる大量生産よりも質を重視して、人間の脳に素直なもの、感性や主観に訴えるものの価値が重要になるならば、情報科学では人間により近い「感性」や「主観」をいったいどのように捉えるのか。「感性」で受け取っている情報の1つ、「言葉」について研究しているのが慶應義塾大学の石崎俊さんだ。コンピュータにできることは増えてきているが、人間と同じように言葉を「理解する」ことはできていない、と話す石崎さん。自然言語処理と脳の機能への2つのアプローチで「言葉の理解」を科学して、機械が人間に近付くヒントを探している。で頻出する名詞を探しだし、その名詞を中心に統計処理をして重要な文をピックアップしていくことで、ある程度の精度で要約された文章が出てくるが、これはコンピュータが文書の内容を理解していることとはまったく違う。そこで石崎さんは今、人間の「連想力」を統計処理に取り込むアプローチ
を新たに構築しようとしている。人が「魚」という言葉から連想する「動物」「海」などの言葉を上位概念、環境概念、として関係づけし、もとの言葉「魚」とそこから連想される言葉の距離データを計算して蓄積していく。その大量のデータで連想概念辞書をつくるのだ。この辞書を用いて翻訳、検索、要約といったシステムをつくるときに、その単語同士の連想の距離も加点対象として統計処理できるため、今までよりも人間に近い処理ができるようになる。「これまではいかに多くのデータを対象にしてシステムをつくるか、ということを追及してきましたが、これからはデータ同士の密度を高度化することで、質を重視した本質に近いアプローチができるのではないかと考えています」。

感性という不可思議な脳の機能は、論理では説明できないのか。もしくは、概念の距離や高密度化の研究を重ねていくことで、これまで考えてきたことと全く異なる新たな論理が構築できるようになるか。その答えが出るときが、機械が本当の意味で人間に近づくことができる時代なのだろう。
(文 環野 真理子)