【読み物】植物の環境応答 植物の形づくりを制御する 細胞周期のメカニズム(vol.19)

【読み物】植物の環境応答  植物の形づくりを制御する 細胞周期のメカニズム(vol.19)

「すべての生物は細胞からなり、細胞は細胞からしか生まれない」シュライデンが初めて細胞説を唱えたのが1838年。近年、生命の最小単位としての細胞の働きに注目が集まり、生物を細胞や分子のレベルで捉える動きが進んでいます。細胞・分子生物学の急速な発展により、さまざまな生命現象についての分子ネットワークが明らかになりつつあります。今回は、新教科書でも大きく取り上げられるようになった「植物の環境応答」についての分子的な知見と、教科書では別の単元として習う「細胞分裂」とのつながりについてご紹介します。

細胞分裂の積み重ねが生物の形をつくる

 生物がもつ最も基本的で普遍的な仕組みは「細胞」を「分裂」させることです。地球上に生きるほとんど生物は最初1つの卵細胞から始まり、適切なタイミング、場所、スピード、方向に分裂を繰り返すことで個体として成長していきます。その方法は遺伝情報であるDNAに書かれていて、分裂の度に新しい細胞に正しく伝えられていきます。私たちの体をつくっているすべての細胞が、自分がいつ、どこで、どんなうに分裂するべきか知っているのです。もし、この情報の伝達に失敗したら、私たちの体は「間違った」形になってしまいます。細胞の分裂とは、正確に遺伝情報を複製し、新しい細胞に再分配するための仕組みであるとも言えます。

この細胞分裂を制御しているのが「細胞周期」という仕組みです。細胞周期は、複製の準備をする複製準備期(G1期)、DNAを複製するための合成期(S期)分裂の準備をする分裂準備期(G2期)、DNAを新しい2細胞に分配する分裂期(M期)の4つのステップからなり、このステップが1方向に順序だって繰り返されることで進行しています。細胞周期を中心的に制御しているのはCDKとCYCと呼ばれる2種類のタンパク質です。この2つのタンパク質が複合体をつくることで、各ステップの進行は進められています。また、それぞれのステップには、DNAが正常であるか確認するための「チェックポイント」の仕組みが備わっています。チェックポイントのおかげで、細胞は分裂を行うのに適切な状況が整っているかどうかを知ることができます。

DNAを守る、植物の戦略

この細胞周期の仕組みは、植物の環境に合わせた形作りにも活躍しています。動物と異なり移動できない植物は、極端な温度変化や、著しい乾燥、病原菌の感染などの「環境ストレス」により浸透圧の変化や物理的な損傷などダメージを受けます。さらに、強い光や紫外線、放射線等は組織だけではなく生命の設計図「DNA」にも傷を与えてしまいます。DNAに傷がつくと、生存機能や遺伝情報の維持に大きな欠損を生じる恐れがあります。また、DNAそのものは決して安定的な化合物ではありません。通常の細胞分裂の過程で起こるDNAポリメラーゼの複製エラーも含めると、DNAには1日で50万回もの傷が生じているといわれています。これらの損傷部位を素早く認識し、異常なDNAが増えないように工夫することは動けない植物が正常な子孫を残すために重要です。

実は最近になって、DNAの損傷に対する応答の仕組みが解明されてきました。まず、傷をいち早く察知するためにセンサーとして活躍するのがATMとATRという転写因子です。これらはDNAの傷を認識すると、リン酸化状態が変化します。この変化が損傷に対する応答を開始させるため合図になります。

動物の場合、この信号は「p53転写因子」と呼ばれる物質に届けられることが知られています。p53転写因子は、下流で機能する多くの遺伝子の発現を制御していることから、届いた信号を分岐させ、いろいろな生体反応を開始させるという非常に重要な役割を担っています。一方、植物でも同様の因子が存在するのではないかと予想されていましたが、実際に研究を進めていくとp53をはじめとする因子のほとんどが存在しないことが明らかになりました。どうやら、植物はDNAの損傷に対して独自の応答メカニズムを備えているようです。

 

環境に応じて分裂を制御する

 この植物独自のメカニズムを明らかにするために使われたのが、モデル植物であるシロイヌナズナです。シロイヌナズナの芽生えにDNA損傷を誘導するガンマ線を照射して植物体の成長の様子を観察した結果、ほとんどの個体では葉の形成が抑制され成長が一時停止する現象が見られました。ところが、この極めて危険な条件下にも関わらず、葉を広げる個体が発見されました。この植物体では、ガンマ線によりDNA損傷を察知するセンサーや信号の伝達に関する遺伝子のDNA配列に変化が起こっている可能性があります。そこで、この植物体に注目して遺伝的な解析を行ったところ、「SOG1」という機能が分かっていない未知の遺伝子が欠失していることが明らかとなったのです。

このSOG1変異体を用いてDNA損傷時の遺伝子の働きを詳しく調べてみると、SOG1がATM/ATRからの信号を受け取り、信号の分岐地点として多くの遺伝子の発現を誘導していることが新しく分かりました。植物では、動物のp53転写因子に相当する役割をSOG1転写因子が果たしていると考えられます。

興味深いことに、SOG1を経由したDNA損傷のシグナルは、細胞周期の制御因子CDKとCYCにも届けられます。植物はこの信号を受けてDNAの損傷が起こる危険な状況を察知し、すばやく細胞分裂をストップさせます。傷ついたままのDNAが増えて遺伝情報が失われないように、傷を修復するための時間をかせいでいるわけです。ガンマ線を当てたときに見られた成長の抑制は細胞周期が「正しく」応答した結果だと考えられます。

今後の研究では、どのような因子が直接SOG1と作用し、細胞周期の進行を制御しているのかに注目が集まります。遺伝情報を安全に維持し、危険を回避して確実・正確にゲノム情報を次世代に伝えるために、細胞分裂は環境からのシグナルと協調しながら厳密に制御されています。まだまだ謎に包まれた部分も多いですが、植物の成長を支える緻密なネットワークの全貌がいつか明らかになる日が来るかもしれません。

関連情報

Yoshiyama et al , Suppressor of gamma response 1( SOG1 ) encodes aputative transcription factor governing multiple responses to DNA damage. PNAS August 4, 2009 vol. 106 no. 31 12843-12848