次世代農業の先鋒、 植物工場の可能性を探る
次世代農業の先鋒として、ここ数年話題になり続けているのが植物工場だ。効率的で集約的な生産システムに大きな期待が寄せられる一方、採算性に難があるとして、ブームと揶揄される存在でもある。現在、植物工場の技術レベルやビジネスモデルの現況はどの位置にあるのか。次世代型農業に造詣が深く、株式会社日本総合研究所の「次世代農業コンソーシアム」でリーダーを務めた同社創発戦略センターの三輪泰史氏に情勢を伺った。
次世代農業はビジネスモデルと技術の組み方がポイントである
-まずは、次世代農業と呼ばれるものの概略についてお伺いします。
これまでの農業とは、広く日本社会の基盤として営まれてきた事業です。食糧を確保するための営みで、儲からないものということがある意味社会的通念です。ただ、特にこの10 年、儲けることができる事例が出てきた。これがいわゆる次世代型の農業です。植物工場で作っているから次世代だ、というようなわけではないのです。
-日本でも出てきた儲かる農業というものには、具体的にはどのような例があるのでしょうか。
もやしやキノコなど、工場で効率的な生産をしているものです。植物工場でいうと、ベビーリーフのような栽培しやすいものですね。もう1つは他の事業との組み合わせで、生産から加工まで取り組んで収益を上げているところもあります。いわゆる6次産業化です。自らインターネット販売をするなど、従来の低収益型の構造を打破した事例は多くあります。
-モデル自体の組み方の工夫と技術を取り入れたハイテク農業で収益構造を作るというのが次世代の農業のかたちであるということですね。
そうですね。ビジネスモデルと技術、この2つをきちんと自分の型にはめ込められたところが、成功する農業の担い手となるでしょう。
植物工場は、1つの農業技術として定着した
-植物工場の話題に移ります。大規模予算がついた2009 年以降、大きく発展しています。これまでのブームとの違いや、典型的な事例はどのようなものでしょうか。
まず、2009年以降の広がりについてですが、私自身はブームというよりは1つの農業技術として定着したのだと見ています。最大の要因は、技術が安定してきたことです。以前は植物工場本来の特徴である効率的かつ安定的に生産できるという前提条件が満たせないレベルのものもありましたが、現在はかなり解消できている。まずは、ハードルの1つは超えたと考えています。
-その他の要因としては何が考えられますか。
最近は異常気象や集中豪雨で、レタスの価格が大きく変動しない年はありません。百貨店やスーパーのバイヤーさんは、売り場を作るときに、安定的な規格と量で必ず買えるものをベースの商品としますので、価格が高騰したり、品薄になったりするたびに、安定して大量供給できるところがシェアを伸ばします。そういった部分に植物工場の野菜が組み入れられるようになったのです。これらが、今回ブームを脱して定着した最大の要因ではないかと思います。
-では、まさに現在、植物工場の価値が認知されつつあるということですね。一方で課題は。
1つは売り先の確保の仕方です。技術が安定した一方、生産が止められないので、売り先がないと保管コストが嵩んでいきます。まずは、安定した販路を確保しておきたいところです。契約の仕方も、日ごとや週ごとに出荷量の変動が出る形態ですと、在庫を抱えてしまう。成功しているところは、あらかじめ取引価格を決めたうえで、全体の生産量の7 割程度の量を契約栽培しています。大手スーパーには自社の調達基準がありますので、計画段階でこれを満たす規格と量を生産するモデルを組むことができれば、売上のベースが作れます。ここで投資回収が見込めれば、後はこの数字をいかにぶれずに保つか、というところに特化すればよいので非常にやりやすいでしょう。
-高コストであることも、引き続き課題となるでしょうか。
コストの点ですが、その半分くらいの要因は設備の規模が小さすぎることです。設備を作る際の供給部材や設計費などの経費、ランニングで必要になる経費、特に人件費などを想定すると、レタスでいえば日7,000〜8,000 株以上の設備でないと、別の目的がない限り難しいでしょう。
市場を創造する技術に期待
-現段階での技術レベルと開発の状況は。
完全人工光型でいえば、蛍光灯を使用した植物工場は、故障も減ってかなり安定してきました。新たな技術の1 つは、LED 照明を使ったもので、ここ1、2 年で商業レベルに乗ってきました。まだ作ることができる品目が限られますが、期待としては、波長をコントロールすることで、特定の成分を増やすという研究があり、付加価値になりそうです。養液をコントロールしてカリウムの低減を行う技術もあります。
-農学の研究者に向けて期待しているところはありますか
栽培に適した作物の育種、品種改良ですね。植物工場に合った品種は今まで存在しておらず、既存の品種から合うものを選んで使っています。レタスやトマト、その他の品種についても、植物工場での栽培により適したものを作出できれば、コスト面や付加価値面でもっと良いものをつくれると期待しています。もう1つはコストを下げるということです。例えば、施設園芸が盛んなオランダの大学では、効率化やコスト低減という、より実学に近い部分の研究が進められています。民間側からも研究費が提供されて、お互いwin-win のかたちが築けています。完成された技術のコストを下げるという研究は日本ではあまり評価されてきませ
んでしたが、これは非常に特異な状況で、海外では、例えば電気代を1/3 カットできる技術ができたらかなりの賞賛を受けます。日本の研究者も世界で戦う時代になったので、世界の動向を見ることによって、実学に近いところも含めて活躍の場があるのではないかと思っています。
-最後に、次世代農業が創る未来と可能性について、お教えください。
これまでは、効率よく栽培したり、味を良くしたりする技術改良が焦点でしたが、もう少し作物自体の成分をコントロールできるようになれば、より付加価値を活かせるマーケットが創出できます。今までの農業の根本的な課題は、できたものを売るという、プロダクトアウトのかたちであったことです。いわゆるハイテク農業で、マーケットイン型の農業の実現が期待できます。これがもちろん従来型の農業を駆逐するということはありません。むしろ、今までの農業にない部分を創る、マーケットクリエイティブなかたちになるでしょう。
取材協力:三輪 泰史 氏
株式会社日本総合研究所
創発戦略センター
スペシャリスト(農学)