環境非依存型 生産技術概論

今、「環境非依存型生産技術」が脚光を浴びている。今号の特集では、なぜこの技術が注目されているのか、実際のビジネスは、識者や事業者からどのように受け取られているのか、そして今後のビジネスと研究開発はどのような方向に向かうのかを考察する。

なぜ今、環境非依存型生産技術なのか
環境非依存型生産技術は、なぜ今注目を浴びているのか。これには、複数の要因があると考えられている。まずは、「生産活動による環境負荷」という要因だ。農業生産による環境負荷として、肥料成分の土壌からの流亡による河川・海洋の富栄養化、無理な灌漑による塩類集積、不適切な農地開拓や農薬の使用による自然生態系への影響が課題となっている。また、漁業や養殖業では、乱獲による漁獲量の低下、過度な養殖による河川・海洋の富栄養化とそれに伴う環境破壊などが課題とされ、これらの環境負荷は、最悪の場合、その土地での生産活動を不可能にする。今後、生産できる土地は限られていく一方であり、これらの課題への取り組みは急務といえるだろう。加えて、現在は環境変動による農地の減少などの問題も顕著化し始めており、環境から影響を受けず、かつ環境への負荷が少ない生産技術へのニーズが高まっている。

出口となる消費者のニーズも、これに合致しつつある。特に先進国においては、安心・安全な食へのニーズが非常に高い。細菌・ウイルス等による食中毒に加えて、環境中に放出された物質による汚染、残留農薬等への消費者が抱く不安は大きく、これらのリスクに対応できる生産技術は、消費者も注目するところである。
これらの現状に対して、次世代の生産体系とビジネスを模索する各省庁、企業の動きも無視できない。農林水産省、経済産業省は日本農業の活性化や地域産業の創出を狙いとして、環境非依存型生産技術に着目し、特に植物工場の積極的な振興を図ってきた。これに呼応するように、企業の動きも活発化している。日本の食料自給率の低下や世界的な食料需給の問題に対して社会的な取り組みの必要性が増していることに加え、技術が確立できさえすれば、少なくとも生産についてはリスクの低い事業として期待できるため、早い段階で投資し、技術を確立したい企業も多くあるだろう。

国内における環境非依存型生産技術の現況
では、実際には、どのような現況にあるのか。まず、事業化が加速しつつあるのが、完全人工光型植物工場だ。完全人工光型植物工場とは、蛍光灯やLED などの照明を用いて、完全な室内で主に葉菜類の栽培を行うシステムを示す。空調システムを入れて最適な温湿度に保つとともに、多くの施設では水耕栽培技術を採用し、栽培養液の肥料濃度、pH、水温を一定に保つ。また、病害虫のリスクを最低限にするため、クリーンルーム仕様とし、HEPA フィルタ、エアシャワーを設置して徹底した衛生管理を行うところが多い。発熱の少ない人工照明を使用するため、栽培するラックを最大16段まで多段化することができ、平面的な栽培と比較して土地利用効率が非常に高いことが特徴である。
完全人工光型植物工場は、2013 年3 月時点で、全国で125 施設が稼働しているとされ※1、特に国内最大の日産2 万株(リーフレタス)規模の工場を有する株式会社スプレッドは、優良事例として知られる。しかし、参入数が多く、優良事例が存在することは、当然のことながら事業性の高さを保障するものではない。NPO法人イノプレックスの調査(2010 年作成、2011 年加筆修正)※2によると、太陽光利用型も含めた植物工場で、赤字事業者が6 割、3 割が収支均衡と報告されている。
技術として注目されてはいるものの、事業としては未開拓な部分が多いのが、閉鎖循環式養殖(陸上養殖)だ。この技術は、生物的・物理的な濾過システムを複数組み合わせて浄化しながら飼育に必要な水を循環利用するシステムであり、基本的に排水しない。疾病のリスクが低いとされ、高密度での養殖が可能になる。現在事業を行っているのは、世界初のエビの養殖に取り組む株式会社アイ・エム・ティー(本誌6〜7ページ参照)に加え、トラフグの養殖を行う株式会社夢創造や株式会社オプティマフーズ、チョウザメの養殖技術を長年研究している株式会社フジキンなど数社が知られる。

共通課題はコストと生産リスク
いずれも環境に左右されず、それによるメリットが数多い生産方式という点で共通するが、課題も共通している。初期・運用コストが高い点である。また、生産におけるリスクも払拭できていない。まず、初期コストについては、外環境から遮断するための内装設備や空調設備、用水のコントローラーや循環ポンプに加え、植物工場であれば多段式栽培ラック、陸上養殖の場合は大規模なプールが必要となる。さらに、生産物の一次加工を行う設備や包装機材が必要である。そもそも、施設を設置する用地の確保、建屋の建設が必要な場合もある。大量生産を行う設備では、過去の事例を見ると初期コストは最低でも数億円だ。これに加え、運用の計画立案や資金確保、物流の整備、流通先の確保にも多大な人的リソースを投入する必要があることを忘れてはならない。運用コストとしては、環境をコントロールするためにかかるエネルギー費があり、利益を圧迫する。これに、種苗や生産資材、スタッフとその管理者のための人件費、外部によるソフト面の指導料、流通・広報・営業費、数ある機材類の維持管理費などが必要となる。
生産リスクについては、まず陸上養殖については、取り組み数も少なく、事業が広がるにつれて技術課題も多く見つかるだろう。植物工場の場合、大規模に生産される一部の品目は市場としては飽和状態であり、新規参入には差別化が必要だ。しかし、新規の品目は育種面、栽培手法の技術が確立されていない場合が多く、それだけ生産に対するリスクも高い。甘い見通しで事業を開始し、かつ生産面で課題が発生して当初の計画通りに進まなければ、多大な赤字を出すことになる。
これらが、実際に事業者が負うリスクである。しかし、高い理想を掲げ、真正面から取り組む先駆者たちがその道を切り開いている。次ページ以降では、これらのリスクに正面から向き合い事業に取り組む事業者と、動向を長年追い、業界を牽引する識者からのインタビューを通して、彼らがどのような想いで事業に取り組み、どんな未来を見ているのか、お伝えする。

※1:三菱総合研究所まとめ、平成 24 年度高度環
境制御施設普及・拡大事業(環境整備・人材育成事業)
報告書を参照
※2:植物工場ビジネス調査レポート
http://innoplex.org/report/research