ネムリユスリカ幼虫の乾燥休眠を利用した常温保管可能な活餌の供給 奥田 隆

養殖魚・観賞魚用の新たな活餌の提供をめざす

養殖技術の発展によって、生きている飼料をそのまま与える活餌から粉末・ペレット状の加工飼料へと移行が進んでいる。しかし、養殖魚や観賞魚の中には、加工飼料での育成が困難なため、長期保管が難しく高価なアカムシやミジンコなどの活餌を必要とするものがある。
常温乾燥状態で保管可能かつ、品質の低下が少ないネムリユスリカ幼虫は、そうした活餌の課題の一部を解決するポテンシャルを秘めている。

ネムリユスリカ幼虫の活餌への利用

農業生物資源研究所の奥田隆氏は、アフリカの半乾燥地帯の岩盤にできた水たまりなどに生息するネムリユスリカ(Polypedilum vanderplanki)の専門家だ。ネムリユスリカ幼虫の特徴である休眠状態中の高い保存性や耐乾燥能力を産業利用できないか、研究を行っている。「養殖魚や観賞魚用の活餌として使用されるワムシやアカムシは、魚類の嗜好性に優れる利点がありますが、保存性が低いという欠点があります。そこで乾燥状態で休眠し、水に戻すことで蘇生するネムリユスリカ幼虫を活餌として利用できるのではないかと考え研究を行っています」。休眠状態に入ったネムリユスリカ幼虫は、17 年間乾燥にさらされても蘇生した記録があるほど、高い乾燥耐性をもっているのだ。
長期間乾燥状態の休眠には、2 つの物質が関係していることがわかっている。その1つがトレハロースだ。ネムリユスリカ幼虫は、脱水が進むとトレハロースを作り出し、これがガラス状になることで、乾燥状況下で生体を保護することができる。またトレハロースと同時に、LEA(Lateembryogenesis abundant)タンパク質も大量に合成・蓄積される。このタンパク質は、植物の種子から発見された、休眠誘導時(胚発生後期)に増加するタンパク質で、乾燥に伴って生じるタンパク質の凝集変性を阻止する。さらに、LEA タンパク質はトレハロースのガラス状態をより安定化する役割も果たす。これにより乾燥状態を保つだけでなく、品質低下も防ぐ。

活餌としての価値

さらに、栄養面も期待されている。魚類は、筋肉や肝臓にグリコーゲンを蓄えており、生体のエネルギー源としている。ネムリユスリカ幼虫は、日本のセスジユスリカ幼虫(アカムシ)の体長の半分ほどしかないが、大量にグリコーゲンを蓄積しており、セスジユスリカと比較して5 倍ほど高い。観賞魚以外にも嗜好性を調べるために日本ナマズの仔魚で摂食試験を行っている。また、水産総合研究センターとの共同実験では、海水魚のヒラメとクロマグロの仔魚でもネムリユスリカ幼虫の摂食が確認された。「ネムリユスリカの増殖は比較的容易です。卵から孵化するまでに2 ~ 3 日、幼虫が蛹になるまで2 ~ 3 週間と成長も早く、幼虫の大きさも1齢から終齢まで、魚の大きさに併せて乾燥休眠させることができるので、従来のように仔魚の成長段階に合わせて活餌を変える手間が省けます」。現状ヒラメの種苗生産では、生長の段階で孵化後2 日目からワムシを与え、孵化後15 日目からワムシに加えアルテミアも与え、孵化後25 日目から徐々に配合飼料を与えるといった方法がとられている。

市場供給へ向けた課題

優れた活餌となるネムリユスリカ幼虫であるが、市場への展開には課題がある。日本国内で生産する場合は、外来種であるため閉鎖型の増殖施設の中で飼育し、不妊化処理を施す必要がある。また幼虫の乾燥技術でも改良の余地がある。幼虫は吸水後1 時間ほどで蘇生するが、一方で休眠状態にさせる際は、48 時間かけてゆっくりと乾燥させなければトレハロースの合成が十分にできず蘇生しない。実際、人工的に乾燥させる場合、現時点では1 匹ずつ乾燥させている(写真)。
そのため、大量に乾燥させる技術を確立する必要がある。それらの課題を解決し、生産コストを下げることが市場への展開のポイントとなる。ネムリユスリカ幼虫を乾燥活餌して販売できれば、配合飼料で飼うことが難しかった観賞魚はより身近な存在になり、養殖魚では安定生産の一助になるだろう。

取材協力 奥田 隆 氏
独立行政法人 農業生物資源研究所
昆虫機能研究開発ユニット

※本記事の掲載はアンケートにお寄せいただいた声をきっかけに実現しました