【読物】研究機関の立場から「がん」で生命科学研究の最前線を学ぶ(vol.20) 増富 健吉

【読物】研究機関の立場から「がん」で生命科学研究の最前線を学ぶ(vol.20) 増富 健吉
22-2

研究者向けがん教科書『Cancer 』の最新版に増富さんの論文が引用されている

国立がん研究センター 増富 健吉 博士

国立がん研究センターでがん幹細胞についての研究をしている増富博士は、医学研究者の立場として、中高生向けの教育にも取り組んできました。最先端の研究を行いながら、定期的に出前講座を行う増富さんに、どのような視点から「がん」を伝えているか伺いました。

 

「細胞分裂」「細胞分化」の視点からみた「がん」

がんという生命現象をテロメレースの研究から解き明かし、治療につなげることが増富さんの目標です。がんは正常な細胞のDNAに異変が起き、無限に細胞分裂を繰り返す病気です。正常な細胞は分裂回数に限度が存在し、それは細胞の染色体の末端部にあるテロメアという構造が制御していると考えられています。テロメアは細胞が分裂するたびに短くなり、ある長さに達すると、正常細胞はそれ以上分裂できなくなるのです(細胞分裂寿命)。分裂ごとにテロメアの短小化を防ぎ、テロメア長を維持している酵素がテロメレースです。がん細胞の中にはテロメレースが正常細胞に比べて多く存在するため、無限に細胞分裂する事ができると考えられています。この酵素に注目する増富さんらの研究により、これまで知られていなかったテロメレースの新たな機能が明らかになってきています。近年、がん細胞の中に「がん幹細胞」と呼ばれる、iPS細胞と同様に多くの細胞に分化できる能力も兼ね備えていた細胞が見つかりました。この細胞は、抗がん剤耐性の原因であったり、転移の原因となっているのではと考えられ、注目されています。実は、この細胞の形成にこれまで知られていなかったテロメレースの新たな機能が関わっていたのです。テロメレースの新規機能の研究は新しいがん治療法の開発に役立つと期待されています。

 

研究に触れることで見えてくる世界

2011年から増富さんは高校生に向けた「がん教育」を始めました。「病気」ではなく「生命現象」としてがんをとらえれば生物学の教材にもなると考える増富さんの話は、生物で習う細胞や、DNA、RNA、タンパク質と連なる生物の原理から始まります。

細胞分裂や分化の仕組みは高校でも学びますが、がん研究を始め、今まさに研究が進んでいる分野であり、新しい情報に次々と更新されています。増富さんは研究を通じて解明されてきた最新の生命の仕組みを生徒の様々な疑問や興味に合わせて、話題を提供していきます。教室を実施後のアンケートを見ると「遺伝子と合わせて考えたりすることや、今学んでいることの応用で実験が行われていることがわかって、とても面白かった」などといった感想が見られ、今まさに研究が進む生命現象としてのがんの見方に気付いていることがわかります。

 

生命現象を生物と化学の目で見る

「がんという生命現象は、生物学だけでなく、様々な分野をつなげて考えることの重要性に気付くきっかけを提供できるのではないかと感じています」と増富さんは語ります。例えば、がんの原因となるDNAの変異を理解するには、DNA配列が持つ遺伝子としての機能を知るだけでなく、化学の視点からDNA分子の基本構造を理解することが必要となります。「全ての生命現象を厳密な科学で捉えていこうとするには生物学はなかなか難しい部分もあります。しかし、ある生命現象を、反応を司る分子や、分子間で起こる化学反応といった化学的な原理で解き明かそうとすることは、また1つ深い理解につながるのです。それは、物理現象を数学で表すことと似ていると思います。子どもたちにはその面白さを伝えたいですね」。

22−2-2

増富さんの講義風景