農と食を軸としたアジアへの戦略的貢献の必要性

農と食を軸としたアジアへの戦略的貢献の必要性

特集:特集:アジアへ跳び出せ 日本の農学(1)

アジアの食産業は、今後大きく発展することが予想される。この中で、高い技術を持つ日本の農学研究と食産業のプレイヤーは何をすべきなのだろうか。今号の特集では、アジアの食産業とそれを支える農林水産分野における現状と将来をサマライズしながら、進むべき方向性を探りたい。冒頭にあたる本稿では、成長するアジア経済の中、農林水産業がどのように変化し、将来どのような課題を抱えるのかを展望する。

食分野の成長を担うアジアの中間層

2008年以降、先進国経済がリーマンショックの影響から脱却しきれない中で、中国の経済発展鈍化に伴いやや低調となってはいるが、実質GDP 成長率はインドネシアで+6.2%、マレーシアで+5.6%、フィリピンで+6.8%とアジア経済は安定した成長を続けている。近年の特筆すべき点は、先進国や中国などへの輸出の落ち込みを内需がカバーし始めている点だ。今後のアジア経済は、中国・韓国の経済状況にもよるが、成長は維持されると見て間違いないだろう。

人口増加による消費拡大ももちろんだが、内需を充実化している大きな要因は、「中間層」の人口増加だ。今後、中国・香港・台湾・韓国・インド・インドネシア・タイ・ベトナム・シンガポール・マレーシア・フィリピンにおいて、年間の可処分家計所得が5,000米ドル以上35,000米ドル未満の中間層は、2020年までに人口の7割近くに達すると予想され、また15,000米ドル以上の上位中間層から富裕層まで含めた人口も34%に達する見込みだ。この中間層の増加は、食品・飲料市場に大きな変化をもたらすと考えられる。三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社の推計によれば、中国・インド・インドネシアの3か国だけで、食料品・アルコール飲料の消費は現在のほぼ3倍である250兆円まで伸展すると見込まれる。農水省の統計データでは、日本国内における2005年度の食料・飲料の最終消費額は約73兆円とされており、今後縮小傾向が続く日本国内の市場に比べても大きなチャンスがあると考えてよい。

まずは、より儲かる生産技術のニーズが高まる

これを受け、アジアの農林水産業はどのように変化するのだろうか。直近で現地の人々が求めているのは、アジア圏の消費をカバーできる、高い技術力と「より儲かるため」の生産技術であろう。ホイットルセーの農業区分では、アジアでは集約的自給的稲作農業(アジア式稲作農業)を中心として、集約的自給的畑作農業(アジア式畑作農業)、移動農業(焼畑農業)が主流だ。自給的農業においては、技術レベルによって土地生産性が大きく異なる。今後、中間層の増加によって需要が高まる中、技術レベルの向上によって土地生産性を高める方向性に進む。つまり、零細農家の底上げが進み、より生産者の所得を増やすための商業的・企業的な農牧業がより多く導入されていくと考えられる。生産力向上のための技術導入は、1950年代から緑の革命によって行われ、高い成果を収めた。増産傾向は頭打ちになったといわれるが、品種改良を始め、さまざまな試みを通して今後も増収に向けた技術導入が進むと考えられる。また、経済発展は、構造的に第一次産業に関わる人口の減少をもたらすため、機械化が急速に進む。さらに、引き続いて起こる変化は、付加価値の高い農水産物を生産する技術の発展であろう。一連の変化を前進させる原動力は、「いかに儲かる生産ができるか」ということになる。より単価の高い作物の栽培や畜産物、水産物が求められ、その技術の導入が進んでいくことだろう。また、イスラム文化圏を内包していることも見逃せない。ハラール認証を求める人口も拡大することから、水産物や卵・食鶏の生産、およびこれらの飼料作物の生産も拡大するだろう。

備考:世帯可処分所得別の家計人口。各所得層の家計比率×人口で算出。2015年、2020年はEuromonitor推計。 資料:Euromonitor International 2011から作成。

備考:世帯可処分所得別の家計人口。各所得層の家計比率×人口で算出。2015年、2020年はEuromonitor推計。
資料:Euromonitor International 2011から作成。

持続可能な生産に向けた課題解決が求められる

一方で、新たな課題が産まれることも想像に難くない。特に、重工業の発展に伴う重金属による農地の汚染、農薬や化成肥料の多投による環境負荷の増大、単一品種の利用促進による生物資源の減少、さらには気候変動による収量の不安定化など、解決すべき課題も除々に顕在化するはずだ。また、激しい変化によって生産者の経済状況も大きく変わる。バランスの取れた生産者の所得向上に向けて、ミクロ経済、マクロ経済の観点からもアプローチが必要となる。近い将来、アジアはこれまでにない莫大な人口を支えながら、「持続可能な環境低負荷型生産体系」を確立することが大きな焦点にとなるだろう。

以上の遷移と市場拡大において、同じアジア圏にある日本の農学分野の研究と産業は、学術面でもビジネス面でも高い貢献ができる可能性があるだろう。これに向けて、日本はアジアの農林水産業におけるニーズと課題を的確に把握し、提供に資する技術や商品、サービスを提供するため、「農学研究を軸とした戦略的貢献」を行う必要があるだろう。この特集では、このキーワードを中心に、日本のアカデミアと産業界がどのようにアジアの農林水産業に貢献をしてきたのか、そしてさらにそれを加速するために必要なアクションを考えていく。

特集:アジアへ跳び出せ 日本の農学(2)へ続く

アジアへ跳び出せ 日本の農学 科学技術協力における 農学研究者への期待