スペースデブリを通じた、とある魚網メーカーとJAXAの不思議なつながり 河本 聡美

スペースデブリを通じた、とある魚網メーカーとJAXAの不思議なつながり 河本 聡美

JAXAと民間の協力というと、つい大手電機メーカーとの成果が中心と捉えられがちだ。しかし、スペースデブリ問題の解決のために、あるJAXA研究員が助けを求めたのは漁網メーカーだった。

混雑した宇宙空間

皆さんは“スペースデブリ”をご存知だろうか。今、宇宙空間では運用が終了した人工衛星や人工衛星を打ち上げるためのロケットの上段、それらの破片などの小さなものまで放置され、地球周回軌道を回っている。これら“スペースデブリ(以下、デブリ)”は、打ち上げたロケットや運用中の衛星と衝突して致命的なダメージを与える可能性もあることから、問題となっており世界各国で除去技術の研究開発が行われている。デブリ除去は「技術的にできればよい」という性質のミッションではなく、持続可能な宇宙開発利用の姿として継続的に実施されていくためにはコストを十分低く押さえる必要がある。将来ビジネス化の可能性もあり、本当にやりたい宇宙開発や宇宙利用に資金を残すためだ。

導電性テザーでデブリを回収する

そこで注目されているのが導電性テザー(以下、テザー)を用いたデブリ除去システムだ。今回は、日本がデブリ除去の研究をスタートした当初からずっと研究を続けている河本聡美さんにお話を伺った。その方法とは、ロケットでテザーを搭載した除去衛星を軌道に投入しデブリに接近させ、テザーをデブリに取り付ける。テザーのもう一端を長く伸ばし、電流を通すことで、地磁気との干渉によりローレンツ力が発生し、これがデブリを減速させ、デブリの軌道を下げ、最後に大気圏に突入させるというものだ。

この仕組は、化学燃料の運搬を伴わないため、宇宙で安価に推力を得るための画期的な技術になるかもしれないと考えられている。しかし、デブリはどのような形態、姿勢で周回しているかわからないため、デブリへの接近や安全な捕獲など、求められる技術水準は非常に高い。また、テザーを伸ばしたら、他のデブリに衝突されて切れてしまった、などは笑い事では済まないため、簡単に切断されないようにする必要があった。

魚網会社との運命の出会い

そこで、河本さんはテザーを一本のひもにせず、網状すれば、簡単に切断されないと考え、テザー作りの技術を外に求めた。私たちと同じように技術のヒントを求め、ネット検索を駆使し、とある魚網会社のHPを見つけた。

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その会社のHPには自社の網の種類と説明を載せていた。そして「無結節網」という継ぎ目のない網を独自に開発していたことがわかった。継ぎ目があると、その部分がどうしても弱くなり、かさばってしまう。小型軽量で強度が必要なテザーに向いているかもしれない。河本さんの心は高鳴った。早速HPのお問い合わせフォームから問い合わせをしたところ、返事が返ってきた。反応は「やってみましょう」というものだった。その日から、魚網会社とJAXAの共同開発が始まった。素材が通常の繊維ではなく導電性のある金属のため、工作機械から見直して、といった地道な開発を続けて、10年近くになる。河本さんはそのテザーについて、そして魚網会社について、目を輝かせて語ってくれた。

「本当に、職人技なんですよ、これは。微妙にずれてしまえばひもは縮れてしまったり、きれいに巻き取れなかったり。長年研究開発を重ねたプロフェッショナルの方々だからこそ、このテザーが実現できたのだと思っています」。

現在、河本さんはこのテザーを用いて宇宙空間でデブリを除去する技術実証を、2020年頃に実施したいと提案している。宇宙の環境を護るため、JAXAと魚網会社の物語は続く。(城戸 彩乃)

特集:宇宙世紀が待ち遠しい