まるで飛行機のように宇宙を旅する新型ロケット 緒川 修治

まるで飛行機のように宇宙を旅する新型ロケット 緒川  修治

PDエアロスペース株式会社 代表取締役
緒川  修治さん

人類は、太古から宇宙にあこがれを抱き、宇宙を見ながらその歴史を歩んできた。宇宙に行きたいという野望を叶えるためには、必ずなくてはならないものがある。それは、“ロケット”だ。ただ現在のロケットは、使い切りで「繰り返し使うもの」ではない。その結果、コストは下がらず、一般庶民が宇宙へ行くことは「夢」のままである。PDエアロスペース社の緒川さんは、安く安全に人や物を宇宙へ運べるように、これまでにない新しいロケット:「宇宙飛行機」の開発に取り組んでいる。

既存のロケットが抱える課題

現在のロケットの課題は、コストである。最短経路で宇宙に到達するためには、機体を極限まで軽くし、さらに使わなくなった部分を途中で切り離して捨てていくのが正しい選択である。しかし、高価なロケットを毎回作り直していては、コストは下がらない。「スペースシャトル」は、繰り返し使えたが、構造上の問題により逆にコスト高となってしまった。如何に効率的にロケットを再使用させるかが、コストを下げる一番のポイントである。既に幾つかの試みがなされている。一つは、切り離したロケットの本体を捨ててしまわず、逆噴射で着地させる方法。もう一つは、ジェット機と組み合わせて、ロケットを空中で発射させる方法である。ただし、後者の場合、ジェット機とロケットの二つのシステムを運用しなければならず、コスト高となる要因を孕んでいる。

ジェットとロケットの融合によるコスト削減

宇宙飛行の一つの形態である弾道飛行(サブオービタル飛行:高高度まで到達した後に重力によって落ちてくる飛行)では、大部分は大気中を飛行する。例えば、高度100kmに機体を到達させるには、まず高度50km地点までにマッハ3程度まで加速し、その後、エンジンを停止して慣性により上昇させる方法をとる。つまり、高度50kmまでにいかに効率よく加速させるかが鍵となる。加速フェーズの約3割にあたる空気が存在する高度15kmまではジェット機として振る舞い、それ以降の空気がない場所ではロケットとして振る舞うシステムが求められる。

ロケットは、希薄大気や宇宙空間でも燃焼できるよう、自機に酸化剤を搭載している。一方、ジェットエンジンは、周囲の空気を酸化剤に用いて燃焼させている。一般的には、両者は全く異なる機構であり、融合は出来ない。そこで、緒川さんが注目したのが、複雑な機構を持たない「パルスデトネーションエンジン」である。

パルスデトネーションエンジン

パルスデトネーションエンジン

燃焼モード切替エンジン

パルスデトネーションエンジン(PDE)は、燃焼波(火炎)が伝播する速度が音速を超え、燃焼波の前方に衝撃波を発生させる内燃機関のことをいう。自走する衝撃波が未燃ガスを圧縮するため、機械的な圧縮機構を必要とせず、簡素な構造であるうえ、損失が少なく熱効率も高い。この簡素な構造こそが、ジェットとロケットを融合させるポイントである。PDエアロスペースは、空気のある環境では、エンジンのエアインテークから周辺の空気を取り込み、空気が薄くなるとエアインテークを閉じて、機体に搭載した酸化剤を送りこむことにより、一つのエンジンを使って二つの作動領域でデトネーションを発生させる「燃焼モード切替エンジン」を開発している。環境に応じて燃焼モードを切り替えるシステム自体が特許技術として、同社の最大の強みとなっている。このエンジンを使うと、離陸から宇宙へ到達、帰還、着陸まで、あたかも普通の飛行機と同じような飛行方法で宇宙を旅することができる。システムが一体にまとまることで、操縦者、整備スタッフや機材も1種類で済むため、あらゆる面で低コスト化が図れる。さらに、大気環境下ではいつでもジェットモードに切り替えられる為、緊急時のアボート(ミッション停止)や、着陸時の上空待機など、従来のロケットに比べてはるかに安全性が高く利便性の高い「宇宙飛行機」ができるというわけだ。

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宇宙大航海時代の幕開け

緒川さんは、幼少期から父親が自宅で実験や研究をする様子を見て育った。その影響を受け、大手航空機メーカーで戦闘機の開発経験をもつ。その後、東北大学にてスクラムジェットエンジンの研究を手掛けたのち、2007年にたった1人で会社を立ち上げた。

宇宙開発はこれまで軍事目的など国家事業として進められてきたが、アメリカでは、オバマ大統領が大きな宇宙政策の転換を行い、民間と国のすみわけを行った。そして民間独自の資金による宇宙ベンチャーが何十社と立ち上がっている。そして、従来のような鉛筆型や飛行機型、小さな機体から大きな機体まで、用途に合わせて様々な形のロケットが開発され始めている。アメリカが目覚ましい発展を遂げる一方、日本は同社を含めまだ3つしかロケットベンチャーが存在していない。緒川さんは、宇宙利用をもっと促進したいという一心で事業に取り組んでいる。いまや民間主導で宇宙ビジネスができる時代。緒川さんは、燃焼モード切替エンジンを武器に、コストと利便性を追求した宇宙インフラ作りに励む。まずは宇宙旅行事業を進める予定だが、今後は、衛星投入や宇宙太陽光発電所の建設、天体鉱物探索などの分野にも参入しようという大きな野望を持っている。小さなガレージと少人数の技術者の熱い挑戦によって、日本の新しい宇宙産業が動き始めた。(松原 尚子)

特集:宇宙世紀が待ち遠しい