”裾野が広い”半導体分野における大学研究のあり方とは?! 上野智雄

”裾野が広い”半導体分野における大学研究のあり方とは?! 上野智雄

集積回路上のトランジスタ数は「18か月(=1.5年)ごとに倍になる」というムーアの法則と呼ばれる経験則があった。産業の発展に牽引されて、半導体研究の裾野は広がり、個々のテーマの細分化をもたらした。
こうした状況下において、大学の研究者はどのように取り組んでいくべきなのか?

大学におけるトランジスタの研究

 トランジスタの中でさまざまなデバイスに用いられるMOSトランジスタ(MOSFET)は、金属と半導体の間にSiO2などの絶縁膜を挟んだ構造をとる。
この構造により、絶縁膜内部では分極が生じ、絶縁膜のすぐ下に反転層が形成される。そして、この反転層がキャリアの通り道となることで、トランジスタのスイッチ機能と増幅機能が可能になる。
さらにMOSFETは構造が簡単で、微細化が可能であることから、多機能化及び動作速度の向上を可能にし、さまざまなデバイスに広く使われている。

 ところが、あまりに「微細化」しすぎてしまうと、リーク電流の増加という問題が生じてしまう。素子を「微細化」するということは、縦・横・高さ全てを小さくするということであり、絶縁膜の厚さも薄くなる。
すると、本来電流が流れてはならない、絶縁膜部分にも電流がながれてしまい、結果的に消費電力の増加をもたらすのだ。

 そうした中で、今回伺った東京農工大学上野研究室では、絶縁膜をより高誘電率なhigh-k膜に置き換える研究を行っている。
高誘電率な絶縁膜により、蓄積する電荷を増加させ、トランジスタの応答速度を向上させることが目的である。

裾野が広い分野

 しかし、上野さんはその目標を達成するまでには、大きな課題があると言う。それは、トランジスタの性能を向上させるためには、絶縁膜だけでなく基盤材料などの他の部材の全体的な性能向上が必要になるためである。
さらに、絶縁膜や基盤材料を再現性良く、高品質な状態で開発するためには、開発条件などの精密な設定が必要となる。
つまり、トランジスタという分野はとても裾野が広く、個々のテーマが細分化されているのだ。こういった環境下では、一つの技術革新でも、大きな性能向上には繋がりにくい。

 そのため、企業では莫大な研究費を投じて研究を行っている。
日本の半導体分野を牽引する大企業では、年間の研究開発費に1500億円程度を費やし、世界的な半導体企業においては、1兆円を超える。

大学で研究を行う理由

 一方、大学側の研究費は、科学研究費補助金が最も多く支給されている大学でも、200億円である。
これには、半導体だけでなく、他の分野の科研費も含まれており、半導体研究に関する研究費はさらに低くなる。

しかし、半導体の性能向上において必要なのは研究費だけではない。研究を自身の力で推し進めていく研究者人材が必要となる。
そして、その重要な役割を担うのが大学だ。

 上野さんは学生に対して、基礎的な部分を重点的に教えている。
その理由は、上野さん自身が理解できない内容の授業には、まったく興味を抱けなかった経験があるからだ。
この経験があるからこそ、研究においては基礎理解が重要であり、それを経ていないと次のステージには、踏み込めないことを知っている。
「学生の立場にたって、どうすれば難解なことをわかりやすく伝えられるかを考えている」。
上野さんは研究だけでなく、人材の育成からトランジスタの性能向上に取り組んでいる。(中嶋 翔太)

上野智雄さんプロフィール(うえの ともお)
東京農工大学大学院工学研究院 先端電気電子部門
(略歴)
1986年 早稲田大学理工学部電子通信学科卒業、
1991年 早稲田大学大学院理工学研究科電気工学専攻博士課程修了
1992年 東京農工大学工学部電子情報工学科