私たちの大学院選択

学生の延長ではなく、研究者の始まりの場所-
総合研究大学院大学 遺伝学専攻(国立遺伝学研究所)

春先から初夏にかけて各所で大学院説明会が開催される。「同じ研究室に進むのか、それとも、どこか別のところへ進学するのか」大学院進学を具体的に考える時が来た。現在、総合研究大学院大学生命科学研究科遺伝学専攻の修士・博士一貫過程1年生・三田さくらさんは北里大学から、3年生・鈴木郁夫さん、鈴木應志さんはそれぞれ京都大学、九州大学から進学した。現在、受入れ機関である国立遺伝学研究所で大学院生活を送る3人の大学院選択の視点とは何だったのか。

研究者としての一歩を踏み出す

大学入学時には大学院への進学を視野に入れていたという三田さくらさんは、積極的に研究室訪問を行った。大学とともに基礎生物研究所や遺伝研などの研究所を訪ねる内に、漠然とだが研究者の多い環境に身を置きたいという考えが芽生えた。鈴木郁夫さんも大学院進学を視野に入れた3年生の時に、研究所で大学院生活を送りたいという想いが真っ先に頭に浮かんだという。「学生がマイノリティーの遺伝研では、‘教授-学生’というよりも‘研究者-研究者のタマゴ’という関係で周りの人が接してくれている。研究が大好きな人の中で分野を越えて研究の話ができることが楽しい」。実際に遺伝研での生活を通して、研究者の多い環境に身を置くことのメリットを郁夫さんはこう語る。
「大学の研究室にそのまま進学すると大学院は学生の続きだと感じていたと思う。けれども、ここに飛び込んだことで大学院生活が、研究者としての始まりという意識を持つようになった」。鈴木應志さんはこの意識の変化が大きかったという。

1年間で最も学べるところ

研究者の中に飛び込むことは、学部を卒業したばかりの学生には当然大きな負荷がかかる。「1年生のとき、研究室の学生は自分一人だけ。ゼミの論文発表で求められる最低レベルはポスドクが基準だった。本当につらかったし、指導教官と挨拶を交わすことさえ苦痛な程落ち込んだこともありました」。これが偽らざる應志さんの本音だ。
應志さんの転機となったのは2年目の秋に参加した「がん若手ワークショップ」。科学研究費補助金がん特定研究領域の各研究グループから選抜された若手とともに過ごす中で客観的に自分の実力が見えてきた。最年少での参加だったが他の大学院生や研究者と研究の話ができ、共同研究にも発展した。さらに、2、3年先輩と触れることで目標設定とそのために何をすれば良いのかを掴むきっかけになったという。3年目を迎えた今年、9月から12月にかけて総研大の海外学生派遣事業で補助金を得て米国ワズワースセンターへ留学した。そこで、海外の研究機関でもやっていけることへの確信と、電子顕微鏡技術を手に入れた。
「大学院は1年間で最も学べるところに行こうと考えていた。落ち込んでいるときにはわからなかったけれど、振り返ってみると確実に実力がついてきていた」。周りのレベルに合わせて常に200%の力を発揮することはできない。けれども、自分の力量を認めて続けていければ遺伝研で学べることは非常に多い。

研究室を越えて学ぶ

「もしかしたら、遺伝研の中で鈴木應志の研究を誰よりも深く知っているかもしれない」。同学年の鈴木郁夫さんが笑う。学生同士はもちろんのこと、遺伝研では研究室を越えた人の交流が盛んだ。
郁夫さんは現在、五條堀研究室に所属しながら、三田さんと同じ平田研究室で日々の研究を行っている。「生物の進化を検証できる課題に落とし込みたい」という目的からバイオインフォマティクス研究に入り、興味の変化に応じて実験系の研究へとシフトできたのは、郁夫さんの考えを汲み取り、平田先生が研究室へ誘ってくれたからだ。研究所全体で学生を育てるという意識が根付いているからこそ柔軟な対応が生まれる。
多くの人は研究室に配属されて直ぐに大学院受験を迎えることになる。「大学院では2年、5年といった時間で、仮説をたてて実験をし、論文として研究をまとめることを学ぶところ。論文数や詳細な研究内容も選択基準になるが、もっと大きな視点で考えても良いと思う」。郁夫さんの言葉に三田さんがうなずく。

大学院説明会には出会いがある

三田さんは獣医学部で学んだ哺乳類に関係する研究をしたいと興味の枠を大きく持って大学院を探していた。遺伝研に決めたのは、4年生の時に参加した遺伝研の大学院説明会だ。パネル展示の時間に、様々な研究室の紹介を聞いて廻る中で、平田教授と自分の研究についてディスカッションを行った。「平田先生の質問は、自分が明らかにしたいことばかりだった。実際に話してみて、本質的な問いが共有できることが大事だと思いました」。
難しく考えずに、好きなこと、やりたいことを軸に、誰とどんな環境で大学院生活を送るのかを考えるのも良い。「HPを見ているだけではわからないことがたくさんあります。たくさんの教授や大学院生に会って話してみることで自分の基準がみえてくると思います」。万人にとって最適な場所などない。自分の目で、耳で確かめた情報が最適な選択につながる。