幅広い興味が、強い研究者を生み出す

幅広い興味が、強い研究者を生み出す

奈良先端科学技術大学院大学 バイオサイエンス研究科 細胞構造学講座 准教授 駒井 章治 さん

奈良先端科学技術大学院大学 バイオサイエンス研究科 細胞構造学講座 5年一貫制博士課程 2年 奥山 史 さん

近代動物行動学を確立した人物として知られるコンラート・ツァハリアス・ローレンツ。彼の著書である『ソロモンの指輪』を読んで以来、分子から行動までを結びつける研究に興味があった奥山さん。奈良先端科学技術大学院大学が行う、新入生向けの取組みの1つ「いつでも見学会」を利用することで駒井先生と出会い、現在の研究室に進学した。学部生の頃に駒井研究室を訪問し、話を聞く中で「ここしかない!」と感じたという。

研究テーマは自分で創り出す

「最初に、テーマを自分で考えるように言われるんです。もちろん大変ですけど、先輩たちと相談しながら自分で研究テーマを決めていくので、自分自身が開拓者になれるのが魅力ですよね」。修士論文の発表を控える奥山さんは、産みの苦しみを味わいながらも、その魅力を実感しているようだ。

駒井研究室が取り組んでいるテーマは、神経科学。思考を司る「脳」をターゲットとするため、思考などを対象とした哲学的なアプローチから、神経細胞の働きなどにフォーカスした生物学、また情報伝達は電気シグナルとして行われるため、電気や物理といった学問まで、本当に幅広い分野の知識が必要となる。自分の研究を進めながらも、他への興味を失ってはいけない。だからこそ、研究室に入ったばかりの頃から研究テーマを自分で考えるのが駒井スタイルだ。「せっかく大学院に進学したのだから、何かを身につけてから巣立ってほしい」。卒業研究では、先輩に指示を受けることが多く、まずは実験操作に慣れることがメインになってしまう。しかし大学院での研究は違う。頭を使って何か目標を立て、自分なりに解いていくところが魅力であり、そこにチャレンジしてほしいという。

駒井さんがこのような指導スタイルに行き着いたのは、自身の留学体験からだ。2年半の間、ドイツでポスドクを経験したが、学生の活気に驚いたという。毎日のように「こんな研究はどうだろう?」「この解析を応用したら上手くいくと思う」など絶えずアイデアが湧いてくる。一方で日本の学生はどうか。面接試験を行えば、「先生の考えでは…」「研究室の方針が…」と自らの考えで研究を推進している学生は多くない。だからこそ、ニューロサイエンスのような英語で書かれた教科書を1週間くらいかけ、1章ずつ担当しながら輪読したり、関連分野の論文を持ち寄る勉強会を開いたりと、周辺知識も含めて幅広い勉強を行う。そして、先生はもちろん、上級生やポスドクなどと議論を繰り返しながら、徐々に自分が目指すゴールを見い出していける、そんな環境を作り上げたのだ。

マウスは錯覚を起こすのか?

「視覚の情報処理を調べるために、錯覚の1つを利用しています。網膜に映った2次元の像を3次元に再構成するときに、脳は自分勝手な処理をするんです。それが如実に現れるのが錯覚とか錯視。それを解析すると、脳の癖や情報処理のメカニズムの解明に近づけるんじゃないかなと思ってます」。

現在、奥山さんを中心に進められているプロジェクトでは、マウスの錯覚を基に研究を進めている。まず、三角形を見せたときにだけレバーを押すとエサが与えられるようにすることで、三角形と四角形の違いを覚えさせる。十分なトレーニングを積んだところで、カニッツァの三角形*を見せる。果たして、ネズミはレバーを押すのだろうか? もし、マウスの脳でも錯覚が起こるのであれば、脳の中に幻の三角形が描き出され、マウスはエサを求めてレバーを押すはずである。逆に、錯覚が起こらないのであれば、マウスは反応しないはずだ。もし、マウスの脳で錯覚が起こっているならば、イメージング技術を駆使することで神経機能として脳の中でどのような処理がされているのか解析する。細胞単位で、どのようにネットワークが形成され、どのような処理が行われているかを明らかにするためだ。そして、最後には、人工的に同様の刺激を与えることで、同じ反応(錯覚)が起こるのかどうかを検証する。一連の研究を進めることで、錯覚(脳の反応)から行動までを1つの反応として結ぶことができる。

「博士課程への進学を決めているようなので、ぜひ博士論文の発表までに結果を出してほしい。いや、彼女ならできるはず」。指導教官と学生ではなく、お互いを1人の研究者として認め合う、強い信頼で結ばれているのが感じられた。

全員で取り組む脳の仕組み

「結局、脳が何をやっているのか知りたいんですよ。自分が何を考えているのか?自分と相手の違いはどこなのか?そういった問題を哲学や思想ではなく、サイエンスで話ができるようにしていきたい」。そう語る駒井さんの研究室では神経にまつわる様々な研究がなされている。

研究室に入ってまっ先に感じるのは、机の配置が少し変わっているということだ。「うちの特徴は、全員が1つの部屋に入っていること。ひょっとしたら消防法に引っかかるのではないかというくらい、スタッフみんなが近くに座ってるんです」。
驚くべきは、駒井先生の机が中心に配置されていることだ。「全員が独自のテーマで仕事を進めていくからこそ、お互いの話を、いやでも聞こえてくるような環境を作ったんです。誰が、どんなテーマで、今何をやっているのか。お互いのことを何となくでも知っているという状況を心がけています」。必然的に幅広い知識が身に付き、様々な角度から自分の研究を見直すことにもつながるなど、メリットも多いこの環境。「息苦しいのがデメリットだけどね」と笑いながら紹介してくれるその脇でも、常にディスカッションが繰り広げられていた。

一見すると、別々の方向を向いた研究が進められているように感じるかもしれない。しかしメンバーが有機的につながることで、研究室一丸となって脳機能の最小単位である「局所回路」の解明に取り組んでいるのだ。