シリコンバレーは変化する

シリコンバレーは変化する

エバーノート株式会社 会長 外村 仁 さん

東京大学工学部卒。コンサルティング会社を経て、アップルでマーケティングを担当。その後欧州でMBAを取得したのち、シリコンバレーで起業、VCより1200万ドルの資金を調達し創業、のち売却。現在はファーストコンパスグループ共同代表で、複数のベンチャー企業のアドバイザーも兼務。

株式会社リバネス 常務取締役CMO 吉田丈治

2002年、株式会社リバネスの設立に参加。東京工業大学大学院総合理工学研究科を卒業したのち、リバネスの活動と並行して2006年に起業。ウェブサービスを
扱う株式会社マイロプスの代表取締役を務める。2011年より株式会社リバネスの常務取締役CMO。

2010 年、テキストや画像をオンライン上で保存し、スマートフォンやPCなど様々なツールに同期するサービスをアメリカで展開するエバーノート社の日本法人が立ち上がった。会長には、アップルジャパンのマーケティング本部長などを務めた外ほか村むら仁ひとしさんが就任。外村さんは、シリコンバレーで複数のベンチャーのアドバイザーを務め、自身も映像ストリーミング技術の会社を立ち上げた後売却した経験を持つ。シリコンバレーはいったい何が日本と違うのか。そして日本にこれから必要なものは何か。変化するシリコンバレーを真っ只中から見た印象を聞いた。

前向きな土地柄が成功のカギ

吉田: 外村さんから見てシリコンバレーとは、どのような環境なのでしょうか。
外村: 「天気がいい」の一言だね。行った人はみんな言うけど、コレには深い意味がある。どんな辛くても、どれだけ徹夜しても、爽やか
に朝になって、なんか「俺はできる」とという気分になる。自分の能力を発揮させてくれる環境だと思う。
吉田: 環境が人をつくるというのは多くの大学の先生方も指摘しているところです。周りの人の雰囲気も大事だと思います。天気以外には
どんな要因が考えられますか?
外村: スタンフォード大学が招聘されてきたとか、農地しかないところにシリコン産業ができたとか、進取の気性があるようなことが起こった。それがたまたま上手くいったことで、もともと住んでいる人がそれによって恩恵を被(こうむ)ったのが良かったね。スーパーだって売れたし、メイドさんだって雇用された。メリットを享受したことで、地域全体が応援する気風が生まれたことが重要だった。
吉田: 妬むのではなく、素直に応援する方に回ったんですね。それは心強いですね。

人のいるところに会社ができる

吉田: 技術者が優遇される風土だとよく言われますが、それはどうしてでしょうか。
外村 シリコンバレーでは徹底して「人」がいるところに会社が行く。なぜかって産業の中心が半導体からパソコン、データベース、ソフ
トウェア、ウェブサービス、モバイルと変わってきて、活躍する人が変わってきたからだ。それまでの製品は、アタマがよくて、1日中コード書いていて、短パンにTシャツな技術オタクでもよかったんだけど、新しいサービスは、より人の日々の生活に密着してい
る。そんなサービスはカルチャーに触れている人たちが生んでいるケースが多い。文化的な人はサンフランシスコに多くいるんだ。そ
の結果、シリコンバレーに人を呼ぶのでなくて、そこに会社が移っていくトレンドが今起きている。

吉田: 日本では「人に合わせて会社が動く」というのは稀ですね。
外村: グーグルやアップルも事業の中心がサービスに傾いているので、スタッフがサンフランシスコに住みたがるようになっている。このように能力が偏在していることに対して会社は自由で、このオフィスに来なさいとかは言わない。だから技術者優遇という気風になっている。

吉田: シリコンバレーも時代とともに変化している町なんですね。

創業者が固執しすぎないことがニーズと製品をマッチさせる

吉田: 風土、企業のあり方など様々な違いがわかりました。いま外村さんが日本法人の会長を務めるエバーノートは、シリコンバレーで生まれた「外部の脳」を標榜するウェブサービスを作っている会社ですが、はじめから世界中を視野にできた会社なのですか?
外村: はじめは全然こんな会社じゃなかったよ。最初の技術は手書き文字認識で、ロシアの技術者が作ったものだった。だけど今から約3
年前に「このままでは世の中に広まるポピュラーになるサービスにならん」と思って、新しい社長を雇った。ベンチャーを立ち上げた経験があって、サービスを理解できて、それを広められそうな人を探して出会ったのが今のCEO。そこから新しく「外部の脳」というコンセプトを出したり、モバイルとの連携を進めたんだ。
吉田: 技術系の創業者が、後進に譲って今のサービスのかたちになったわけですね。日本のベンチャーでは代表権を交代する事例は少ないです。
外村: 日本では途中でビジネスモデルを変えようとすると創業者がすごく怒るよね。ただ、技術自体の評価と世の中のニーズは必ずしも一
致しないから、技術を一部捨てるとか、足りないものは外から買うなりして、世の中に求められるかたちにしていく必要がある。それは技術系の創業者だけではできないことで、シリコンバレーでは技術系の創業者は5年後も同じ会社で社長をやっている例は5%にも
満たない。
吉田: その引継ぎが日本に生まれにくい理由はなんでしょうか。
外村: 日本で障害になっているのは、必要以上に創業者の肩に重荷がかかっていることだと思う。「俺が作った技術だから俺が全部なんとかしなきゃ」という考えでは、流動性が生まれにくい。ビジネスをやりたい研究者は「自分には技術があるけど人を動かすのは下手だから、あとは任せる」くらいで、礎を作ったらあとは人に大きくしてもらって、みんなに使ってもらうくらいがいいと思う。

ベンチャーが活躍するための人材が不足している

吉田: 今後、日本にシリコンバレーのように画期的な技術やサービスをつくる企業は生まれてくるでしょうか。
外村: 震災後「何かやらなくては」と相談に来る人も増えたし、シリコンバレーに移り住んでくる日本人起業家も増えている。 これまでもそうだったけど危機があった後はすごい会社が生まれている。そういう創業者たちが出てきたときに、その波に乗って会社を大きく
する人が大事。エバーノートもその段階に近づいているね。日本には一緒に会社を伸ばす人が足りない。ベンチャー精神をもって会社
を大きくする人が不足していると思う。
吉田: 大手志向・安定志向だと、ベンチャーに入りたいと思う人は生まれにくいかもしれないですね。シリコンバレーは何が違うのでしょうか。
外村: アメリカもヨーロッパも元々は安定志向だよ。シリコンバレーで立ち上げ期の会社に就職する人がチャレンジ精神を持つとは限らない。有名な会社に入って立ち行かなくなる可能性と、立ち上げ期の会社に勤めたときのプラスマイナスを考えると、結果的にチャレンジしたほうがメリットが大きいと思って、非常に現実的な選択をしているんだ。勢いのある立ち上げ期のベンチャーの生活が見えているから、その選択が可能になるね。日本でも「ベンチャーの生活」がわかるようになればかなり変わるはず。実際、楽しく前向きに取り組んでいる人たちの姿を見るといい。ベンチャーで働くと結果的にメリットがあるような制度をつくるのもいい。みんなで協力して価値観をシフトさせてあげることが必要でしょう。(文 篠澤裕介)