博士の哲学 第17回 誰もやっていないことへの挑戦が多様性を生み、多様性が未来を創る

阿形清和 さん 理学博士 株式会社リバネス 石澤敏洋 博士 生命科学博士

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阿形さん 京都大学大学院理学研究科教授 1983 年、京都大学大学院理学研究科修了。1983 年より基礎生物学研究所助手、1991年より姫路工業大学(現・兵庫県立大学)生命科学科助教授、2000 年より岡山大学理学部教授、2002 年より理化学研究所発生再生科学総合研究センター・グループディレクター専任などを経て、2005 年より現職。発生生物学会会長、動物学会副会長、第35 回日本分子生物学会・年会長などを務める。矢野スポーツクラブ・サッカー監督兼務。
石澤さん 2008年、東京大学大学院新領域創成科学研究科修了。同年7月株式会社リバネスに入社。人材開発事業部にて、博士人材の地位向上を目指して各種キャリア支援に携わる。2010 年より関西事業所に異動、2012 年より所属を研究開発事業部に移し、若手研究者応援プロジェクトや研究支援などに携わる。

変化し続ける環境や生態系の中で生き延び、新たな進化を遂げるために、生物は多様性を維持し続ける。もし変化を求めず、あるいは一定の環境が保障されるとしたら、多様性は必要なかっただろう。研究室、大学、そして社会など、人が創りだすコミュニティに置き換えてみても、同じことが言える。ましてや、サイエンスを前に押し進めるためには、研究の多様性のみならず研究者の多様性も重要となる。誰もやっていないことに挑戦し続けることで、それまで実験生物としてマイナーだったプラナリアを再生研究のモデル生物にまで高めた阿形清和さんは、自身の運営するラボや、年会長を務める分子生物学会など、あらゆる場所で多様性を創りだすことをポリシーとしている。それが、新たなサイエンスへとつながっていくからだ。

道なき道を行く

石澤 プラナリアという、新しいターゲットで再生研究をスタートさせた話を聞くと、独自のものを作っていくことに強いこだわりを感じました。

阿形 人の後ろを歩くのが好きではないのは確かですね。例えば、山登りも冬山がメインで、夏に登山道を行くのは全然面白くないんです。雪で道が見えなくなった冬山を登る方が楽しいですね。地図があることよりも、未知との遭遇を楽しむ性さがが人より強いのかもしれません。それが研究にも現れているんでしょうね。

石澤 道なき道を切り開いていく快感、すごくわかります。それが楽しくて我々もベンチャーにいるようなものです。新しい物事の立ち上げでは、なかなか成果が上がらず、理解されない時期があると思いますが、先生はいかがでしたか?

阿形 プラナリアの研究を始めたのが1991年で、メインの論文が出はじめたのが1998年。7年間論文が出ていませんでした。今だったらヤバいですね(笑)当時は「くだらん論文を出すくらいなら研究しろ」というカルチャーがあったので、許容されました。中途半端な論文を出してしまうと、レフェリーをさせられた研究者自身の研究も止まることになるわけで、結果として世の中全体の研究の質を下げていくことにつながる、という考え方でした。だからこそ、地下に潜ってでも良いサイエンスを創り上げることに専念することができたのです。

石澤 任期付きポストの制度が広がってくることで、短期間で論文の数も研究の質も求められるようになってきた分、好きな研究をしていくだけでは厳しくなってきています。これでは新しいサイエンスが生まれる機会が減ってしまっているようにも感じますが、先生はどう思われますか?

阿形 昔は、「楽しい研究をしていれば良い」というカルチャーの中で、若い連中が好き勝手にやった研究が新しいサイエンスのソースになっていたと思います。だから、そういうカルチャーを残すことは大事だと思っています。学生が好きなことにチャレンジできるラボを作りたいですね。ひとつのラボの中にもピンからキリまで多様性があって、どこかがコケても、別なところで新しいサイエンスが盛り上がる、そんな場を作ることをポリシーにしています。

生態系もラボも多様性で成り立っている

阿形 私は、ラボも1つの生態系だと思っているんです。メジャーとなった研究が成果を出して研究費を稼いでくる。その中で生まれたマイナーな研究が、いずれ成果を出し始めてメジャーになっていく。もちろん、メジャーな研究1本で突き進む研究室もあっていいんです。それも1つの多様性で、様々な研究室が共存することで日本全体のサイエンスの質を保っていくことが大切です。どうしても日本人は均質を求める方向になってしまうので、多様性の重要性を理解するカルチャーが日本の中でも定着するといいですね。

石澤 今まさに成果は出ずとも独自のサイエンスを構築しようとしている人達がもつべき視点は何だと思いますか。

阿形 「良い研究をしていれば、お金は後からついてくる」という精神性ですね。何がきっかけでマイナーがメジャーになるかわかりません。その瞬間が一番熱くて面白いと思いませんか?プラナリアの研究も、はじめは見向きもされなかったけど、7年経ってみんなに着目されるようになった。お金がないからといって言い訳している限り、マイナーがメジャーになることはありません。

石澤 そういう意味では、リバネスという組織は、多様性を体現している集団かもしれません。スタッフは目指している方向性がバラバラで、好きなことをやっていますが、理念でつながっています。収益をあげているプロジェクトも、くすぶっているプロジェクトもありますが、「本当にやる意味があるのか?」「自分はやりたいのか?」と常に自分やメンバーに問いかけ続けています。結果として「お金は後からついてくる」という意識で運営することにつながっています。

阿形 社会も研究室も生態系として成り立っています。生物は何十億年という歴史の中で、過酷な環境に直面しながらも進化して生命をつないできている。そういう生物学的なしくみと生存スタイルから学ぶべきものは多いと思います。それが多くの人に理解されていないのは問題で、生物学者の説明努力が足りないんじゃないかと思い、こういう機会にアピールすることにしています。

石澤 日本にはなかなか投資というカルチャーがなく、特に今は不況が重なってか、直ぐに結果がでないものは削ってしまう傾向があります。でも、そんなことが続くと研究の世界でも、ビジネスの世界でも、新たなものが生まれなくなってしまいます。やはり、マイナーなものを許容すること、多様
性への理解が必要なんですね。

10年後を見据えた挑戦

石澤 今年の分子生物学会では、ITを使った学会の活性化や新たなコンセプトのシンポジウムを開催するなど、いろいろなことにチャレンジしていますね。

阿形 せっかく年会長になったので、やるからには誰もやってないこと、自分にしかできないことをやろうと思っています。ITに関しても、みんないろんなアイデアを持っているんです。学会員に募集をかけたところ、なかなかのメンバーがIT化委員会に参画してくれて、斬新なアイデアが出てきていますので、期待してください。ポスター発表も、ポツンと立っただけで終わらないよう、ショートトークの時間を設けています。シンポジウムでは、ゲノムの編集やデザインなど、10年後の分子生物学を予見するようなつもりで組んでいます。

石澤 今はまだマイナーだけど、数年後にメジャーになっていく、そんなテーマが集められるわけですね。

阿形 他にも、新たにリクルートブースの設置を予定しています。今年は、就職活動の時期がずれることもあり、12月の学会に来にくくなる若手が増えるのではないかと懸念しています。学会参加が、その後のスムーズな就活を可能にすることで、就活に使う時間を少しでも実験に使えるようにして欲しい。そして、翌年の学会でのハイレベルな発表につながることを期待しています。

石澤 学会というと伝統があるので、新しいことを動かすのはなかなか大変なイメージがありますが、それだけ新しいことを打ち出せるのはすごいですね。

阿形 分子生物学会は、巨大ですが、多様性を重んじるカルチャーのある学会です。こういうトライ&エラーを積み重ねながら学会を進化させ、それを他の学会へも広げていくことで、日本の研究全体の質を上げていきたいと思っています。
(取材・構成 瀬野亜希)