プラスチックと共に生まれた企業

プラスチックと共に生まれた企業

墨田加工株式会社 代表取締役社長

鈴木洋一(すずきよういち)さん

60 年以上の歴史を持つ墨田の墨田加工株式会社。この小さな町工場は終戦からプラスチック一筋で経営を行ってきた。               そんな中、リーマン・ショックの嵐が吹きつける。しかし、彼ら は仕事の考え方を大きく変更し、海外メーカーから航空関連製 品を受注するまでに至った。今回はそんな墨田加工株式会社 の四代目代表取締役社長の鈴木洋一さんを取材に訪れた。

 

多種多様なプラスチック製品

墨田加工の原点はエボナイトなどを扱 う天然ゴム会社であった。当時はゴムが ポピュラーだったが、祖父の「ゴムの欠 点を補う新しい素材があればお客様は使 う」という教えにより、ベークライト等 を取り扱うプラスチック会社を立ち上げ たのである。プラスチックは当時世の中 に出回りはじめた新しい素材だった。高 度成長期も相まって、新しい素材を使い たいお客様からの要望は数多く舞い込 み、多種多様な案件に取り組んだ。その 結果、様々な加工技術が蓄積され、現在 では新幹線や航空機の内装、医療機器、 半導体製造装置のプラスチック部品など 幅広い製品を扱っている。多くのプラス チック加工会社が自社が1つの加工技術 に特化した専門性を持つ中、様々な加工 に対応できる、というのが同社の特徴だ。

リーマン・ショックをきっかけに事業転換を図る

40 年以上前から墨田加工では航空産 業の製品を加工している。座席シートや 肘掛けなど、軽さと強度という、相反する機能を要求される製品だ。航空機に入 れる製品には非常に高い安全性が求めら れるため、メーカー側は製造工程におけ る安全性管理規準を構築する必要がある。それが参入障壁になるほどの基準に おいて墨田加工はメーカーからの信頼を 盤石なものとし、現在も続く事業になっ ている。

 転機となったのは、鈴木さんが社長に就任した6年前だ。その翌年にリーマン・ ショックが起き、売上も激減し、社員削減も余儀なくされた。そこで鈴木さんは 中小企業がどうすれば生き残れるのかを考え、事業の見直しを図ったのだ。そして、お客様から言われたことだけをやるのではなく、主体的に仕事を取っていく 方向に転換していかなければ生き残れないと判断。自分たちの強みである航空事業を主軸とし、広汎かつ戦略的に事業展開することに決めた。

「強み」が「やりがい」につながる

鈴木さんは言う。「大企業のような待 遇は無理だが、1から自分でできるやり がいが得られる。若い人にはそれに気付 いてほしい」。墨田加工はいろいろな加 工方法を獲得し、様々な要望に応えられる企業に成長してきた。自分達が培った 技術の広さを強みにし、さらに戦略を持 つことで、間違いなく「やりがい」につながっているのだ。そんな「強み」を活 かしている中小企業が日本の製造業を牽 引している。 (文・斎藤 想聖)

|鈴木 洋一 さん プロフィール|
1981 年日本大学大学院生産工学研究科を修了。日本アビオニクス株式会社に入社し、 5 年後の 1986 年墨田加工株式会社に入社。2002 年から東京芸術大学デザイン科非 常勤講師も務める。2007 年墨田加工株式会社代表取締役に就任。ベルテックレーザ 株式会社代表取締役も兼任。