【特集】国内受託解析サービスを俯瞰する
研究の内容が多様化し、1つの論文を仕上げるにも研究室や研究科の人員や研究機器などだけでは研究を完了することが難しいケースが現れるようになってきた。また、シングルエクステンションのDNAシークエンスのように、結果を得るまでにサンプル調製、サンプル解析といったいくつかのステップを必要とする実験も多く存在する。一昔前に比べて、サービス全体の価格が落ちてきたこともあり、受託サービスを利用することで研究を加速できる環境がより整ってきた。今回は、受託サービスの現状を見ながら、その中でも活用する機会が多くなると考えられるサービスや、これまでよりも飛躍的に技術が進歩したことで研究のブレークスルーを起こしうるサービスについてまとめた。この特集が、みなさまにあった受託サービスを見つける1つのきっかけになれば幸いである。
◦多様化するサービス
生命科学系の受託サービスを調べてみると、実験の種類で大まかに分けただけでも90を超えるサービスが存在することがわかった(表1)。なじみの深いDNA合成ではオリゴ合成はもちろんのこと、数年前から遺伝子合成サービスも提供されるようになっていることはご存知の方も多いのではないだろうか。タンパク質発現系では大腸菌やカイコなどすでに発現系が確立しているサービスでも、今年になって酒造メーカーである大関株式会社が麹菌を活用したタンパク質発現サービスを発表するなど、現在でも新しいサービスが生み出されている。今や、実験の数だけ受託サービスが存在するといった様相を呈している。
◦高額機器の利用機会を安価に得る
近年の研究の中で価格が高いものの代表格である次世代シークエンサー。共通機器として施設に導入されているケースもあるだろうが、ランニングコストやそのあとのデータ解析など利用面でのハードルはまだ存在している。この状況は、生データを得るところから、データ解析までを行う受託企業の数が増えてきたことと、サービスの価格が下がってきたことで徐々に利用しやすい環境が整ってきている。このことについてはp10-13にサービスの種類や価格をまとめた。さらに、次世代シークエンスとならんで、高い装置を必要とするプロテオームやメタボロームでも受託サービスを提供する企業がいくつも現れてきている。特にプロテオームでは安価なサービスも登場しており、タンパク質の相互作用や発現解析を頻繁に行う研究者にとっては福音となるだろう。この点についてはp14-16に現状をまとめた。
◦新規解析手法の登場
従来の機器分析では十分な結果が得られなかったものでも、新しい手法が確立することで様相が一変することがある。そのような変化が受託解析から現れはじめている。その代表的な例になる可能性を秘めているのが電子顕微鏡観察だ。岡崎統合バイオサイエンスセンターの永山國昭氏が開発した位相差電子顕微鏡法は、数nmレベルでのクライオEM観察も実現しており、これまでうまく観察することのできなかったリポソームなども明瞭に観察可能だ。ナノレベルの観察の新しい境地が拓かれることも夢ではないだろう。この現状をp17にまとめた。
このように、受託サービスを巡る環境は大きく変化を続けており、研究を効率よく進めるうえで、注目に値する状況になっている。次ページ以降で上述したサービスについて紹介する。ぜひその価値を確かめてほしい。
次世代シークエンス
ゲノム解析で世界的に著名なBGIの日本法人が神戸に開設され、2011年11月から営業が始まった。次世代シークエンサーの登場以来様々な企業が受託解析を開始しており、サービス内容もraw dataを出すところから解析までをトータルでサポートするもの、データ解析に特化したものなど企業が独自色を出している。
解析方法が多様化するシークエンシング
raw dataをとるところからサービスを提供しているのは、第二世代のシークエンサーが登場した頃から行っているタカラバイオ株式会社をはじめとして、10社以上にのぼる。各社の装置を見ると、第二世代の次世代シークエンサーが登場した当初にあったillumina社のSolexaなどから第二世代の最新装置への刷新が進んでいる。とくにillumina社のHiSeq2000とRoche社のGS-FLXが目立ち、受託業界ではこの2社の製品がプラットフォームの主流をなしていることが伺える(表2)。さらに、GATC biotech社と提携してサービスを提供するフィルジェン社(以下フィルジェン)やEuforins社と組んで次世代シークエンスサービスを提供しているオペロンバイオテクノロジー社は、日本でも発売が決まったばかりの第三世代シークエンサーPacBioRSで
の解析にも対応を始めている。また、Niblegen社のシークエンスキャプチャーやAgilent社のSureSelectなどエンリッチメントシークエンスに対応したサービスを提供する企業もある(表2)。
価格がやはり気になるところだが、多くの場合は都度見積となっている。解析前に担当者とのディスカッションを行って、最適な解析方法、解析量でサービスを提供することを前提としているためではないかと考えられる。一方で、フィルジェンのように解析機器とデータ量に合わせた細かい料金表を用意しているところもある。リバネスでもこの12月から次世代シークエンスサービスを本格化させており、GS-FLX、Genome Analyzer IIx、HiSeq 2000で解析した場合の料金設定を公開している(p13参照)。さらにシークエンスキャプチャーやSureSelectにも対応しており、多様なサービスで解析のニーズに応える。
データ解析に特化して独自色を出す
次世代シークエンスに関してはデータの解析が利用のハードルの1つになっている。その意味で、適切なデータ解析サービスを提供できる受託企業はユーザーの心強い味方となるはずだ。データの受託解析を打ち出している企業の中でも、三菱スペース・ソフトウェア社は解析の流れにそって、どのようなソフトウェアが利用されているか、といった基本的な情報まで掲載しており、ノウハウが蓄積していることをうかがわせる。さらに、同社は解析用サーバーの構築を手がけているため、データ解析をトータルで考える視点を持っている点は、他の企業と比較した場合に同社の強みと言えるのではないだろうか。また、受託解析ではないが、日立公共システムエンジニアリング社は解析プラットフォームの構築を手がけているため、研究室にプラットフォームを構築したいときには心強い味方になるのではないだろうか。ホームページで公開されている解析事例や構築したパイプラインの実績からは、多様なニーズをカバーできることがうかがえる。
第三世代シークエンサーの登場でさらに受託の幅が広がる可能性がある次世代シークエンス。価格面も含めて動向に注目したい。
サービスPick up
リバネスでは韓国SolGent社と提携してGS-FLX、HiSeq 2000、GAIIxのサービスを新しく開始した。このサービスの強みはずばりコストパフォーマンスの高さ(p13参照)。SolGent社自体は独自に研究開発も行っている研究開発型のバイオベンチャーで、すでにTaqなどの遺伝子工学用試薬の開発・販売を手がけ、製品を利用した研究論文も発表されている。現在は抗体医薬の研究開発や臨床診断用試薬の研究開発も行っており、新規の製品が次々と生まれてきている。
次世代シークエンサーのプラットフォームもこの研究開発の中でもちろん活用されている。現在は、ウェット、ドライそれぞれで5名ずつ専任のスタッフが関わり、常時運転を行っている状況だ。国内では東京大学の太田邦史氏にトライアルでご協力いただき、出芽酵母の変異株でGSFLXを活用したゲノムリシークエンスを行っていただいた。サンプルを送付してからゲノムアセンブリまでを行ったデータの納品までに要した時間は約3週間。「データの質は高いので、レファレンスシークエンスの解析も行って目的の領域の変化を解析したいです。価格面でも研究を進めるうえで非常に助かります」と、同研究室の久郷氏からもコメントをいただくことができた。2012年3月まではキャンペーンの価格でサービスを提供し、一人でも多くのユーザーにその価値を確かめて欲しいと願っている。
●次世代シークエンスに関するお問い合わせは下記までお願いいたします。
株式会社リバネス 研究開発事業部 担当:高橋宏之
TEL: 03-6277-8041 / FAX:03-6277-8042 / E-mail:[email protected]
プロテオーム解析
一昔前は質量分析の受託を依頼すると100万円を超えるといったこともあったが、現在はその数分の1まで価格が落ち着いてきている。その一方でシングルバンドを切り出して同定するといったニーズとは別に、マルチコンプレックスの構成因子を一度に同定する、発現量変化を解析するといった以前とは異なるニーズが増えている現状もある。こうした解析は未だに価格が高く、受託で解析しようとしたときのハードルを上げているといえるだろう。しかし、その現状も徐々に変わりつつある。その一端もあわせてご紹介したい。
低価格化が進む質量分析サービス
現在国内で提供されている主な質量分析サービスはMALDI-TOF MS、MALDI-TOF/TOF MS、LCMS/MSの3つ。日本バイオサービスのようにLC-MS/MSのみでサービスを提供するところもあれば、解析内容によって使用機種を変えてサービスを提供しているところもある(表3)。費用については2万円程度〜30万円程度までかなりの幅があることがわかる。かつてシングルエクステンションのDNAシークエンスサービスが低価格化の道を進んでいったのと同じように、これからさらなる低価格化が進むことも考えられる。
プロテオーム解析の新たな波
網羅的解析はAB SCIEX社のiTRAQを活用したサービスがフィルジェン、医学生物学研究所、リライオン、セラバリューズから提供されている。また、ターゲット・プロテオーム解析法として注目される多重反応モニタリング(multiple reaction monitoring ; MRM法)や選択反応モニタリング(selected reaction monitoring ;SRM法)を利用したサービスも提供され始めている。さらに、免疫沈降サンプルなど多因子を含むサンプルの解析に有効なプロテオーム・マッピングがフィルジェン、医学生物学研究所などで提供されるようになっており、新しい解析手法に対応する基盤が整いつつあるといえるだろう(表4)。
サービスPick up
各社からiTRAQ、MRM/SRMなどの解析が提供され始めているが、リバネスでも新規にこれらのサービスを導入することになった。対応するサービスはiTRAQ、MRM、プロテオームマッピングと多様だ(表4)。12月から本格的にサービスを開始するこのサービスは、オーストラリアに拠点を構え、リード化合物のスクリーニングなどを手がけるProteomics International社と提携することで実現することとなった。最適なコストパフォーマンスを目指すべく、アカデミックユーザーの手に届く価格帯での提供となる。3月までのキャンペーンでぜひその真価を確かめて欲しい。
メタボローム解析
高い分析精度を必要とするメタボローム解析は、受託サービスの実施先こそ少ないものの、解析プラットフォームを構築してきた企業、研究所が提供している点が特徴の1つになっている。
高い技術でサービスを提供するベンチャー企業
2003 年に慶應義塾大学発のベンチャーとして発足したヒューマン・メタボローム・テクノロジーズ株式会社は、アジレントテクノロジーズ社と共同開発したCE-MS 技術を利用して、血漿や血清などの生体液のほか、微生物サンプル、植物サンプルなどで多数の実績を持つ。約900 種近い代謝物質の精密質量や移動時間登録されている独自のデータベースを活用して解析を行うプランのほか、エネルギー代謝に特化したプラン、解糖系・ペントースリン酸回路、TCA 回路、核酸類、アミノ酸などの代謝の中心をなす物質に特化したプランなどを用意し、ユーザーのニーズに合わせたサービスを提供する。他には、植物関連の様々な受託サービスを提供するインプランタ・イノベーションズ社が、植物の代謝物質に特化したメタボローム解析を提供する。かずさDNA 研究所が持つシステムに基づいたGC-TOF-MS、CE-MS、UPLC-TOF-MS をそろえており、植物研究者の細かいニーズに対応する体制が整う。
長年の研究で蓄積したノウハウ・技術で研究をサポート
かずさDNA 研究所は独自のプラットフォームを活かしたサービスを提供している。GC-TOF-MS やCE-MSでメタボローム解析システムを構築し、シロイヌナズナにおける乾燥ストレス応答性のメタボローム解析で論文を発表するなど、高い実績を持つ。こうした研究を通して培われてきたノウハウが活かされているサービスは、ユーザーにとって価値ある結果を提供してくれるに違いない。GC-TOF-MS、CE-MS、UPLC-TOF-MS の3つのプラットフォームをそろえ、20万円からという価格(アカデミア向けは別途相談)で提供されるサービスは研究の可能性を広げてくれるはずだ。
電子顕微鏡観察
生体サンプルの切片観察やウイルスの構造を調べるうえで一般的な方法となっている電子顕微鏡観察だが、ここにきて分解能の高い新しい観察方法が登場するなど新しい展開を見せている。
老舗ならではの充実したサービス
生体試料の電子顕微鏡観察の受託解析には、5 つの受託先がある(表6)。フィルジェンを除く4 社ではユーザーの立会い分析に対応していることをHP で紹介しており、これはシークエンスやプロテオームなどの他の受託解析とは大きく異なる特徴と言えるだろう。さらに、日本電子株式会社のように観察用の機器を開発・販売している企業が受託解析も行っている点も、他の受託解析にはない特徴だ。電子顕微鏡など分析機器の老舗メーカーである同社は、自社のプラットフォームを最大限に活用したサービスを提供する。通常のSEM、TEM はもちろんのこと、クライオEM での試料観察も実施しており、トータルソリューションを提供する体制が整う。
生体試料での高分解能観察で新たな境地を拓くテラベース
受託観察の中でもテラベース社は分解能の点で他の電子顕微鏡観察受託と大きく異なる。同社は、岡崎統合バイオサイエンスセンターの永山國昭氏が開発した位相差電子顕微鏡法を利用してサンプルの解析を行う。BioGARAGE vol.10 で紹介したが、この技術の大きな特長に非常にコントラストが高さと、クライオTEM で観察するため構造体を壊すことなく調べられる点が上げられる。リポソームやウイルスなどの観察像を従来法よりも明瞭なコントラストで得ることができる。さらに、高いコントラストにより精度の高いトモグラフィを実現し、より正確なタンパク質の立体構造を得ることも可能だ。また、染色法ではないため、ウイルス内部に存在する核酸の構造など、これまでの電子顕微鏡観察では難しかった解析を可能にしている。DDS のリポソームの品質チェックなどですでに引き合いを受けていると、同社の代表取締役である小西泉氏は技術の高さに自信をみせる。今後にますます注目が集まる。