インタビュー:大迫 一史さん

東京海洋大学大学院 海洋科学技術研究科 食品加工学研究室

准教授 大迫 一史さん

 

 産学連携のアウトプットとして、最終的に求められるものは、差別化が可能な商品であり、それによる売上増と雇用創出だろう。そのために、学の立場からは、技術的に現場レベルでは解決できないソリューションを提供する必要がある。加熱をしない酢〆のかまぼこ、長期保存を可能としたアジの刺身を使ったお茶漬けなどを企業と共同開発し、その発展をサポートしてきたのは、東京海洋大学の大迫一史准教授だ。水産試験場の職員、大学研究者という2つのキャリアを通して、一貫して現場とのつながりを重視している大迫氏の経歴や考えを聞いた。

 

相談窓口から新しい加工商品の開発へ

—先生が水産学を志したきっかけは?

大迫:出身は広島県庄原市で、近くに川がありました。小さい頃から川で魚やエビ、カニを採集するのが好きだった。それで、自然と水産学に進みました。進学した九州大学でも、キャンパスから車で40分ほど行ったところに大根川という川があって、そこでカニの生態について研究をして、修士号を取りました。まあ、ほとんどは採集するのが目的でした(笑)。

—その後、長崎県庁へ就職された。

大迫:長崎は、やっぱり水産県。離島に赴任して、カニを採集する暮らしができたらいいなと思ったんです(笑)。最初の赴任先は島原でした。それから2年は水産業改良普及員をやっていました。仕事は、漁業者を回って、相談を受けること。ここで、漁業や養殖の現場を回って勉強をしました。ちょうど2年経ったとき、長崎県の水産試験場が組織改革して、水産試験場へ行くことになりました。勤務する部署の意向調査では、実は食品加工の経験がなかったので、加工だけは嫌だって書いたんです。それが気に入られなかったのか、なぜか加工に配属されました(笑)。この部署では、加工業者から相談が来るのですが、わからないとは言えないし、嘘も言えない。そこで、まずは「こういうところを確認して様子を見てください」、と当たり障りのない回答をして、電話を切ってから一気に調べるということを始めました。それを1年くらいやっていると、だいぶわかってきたし、面白くなってきたんです。ちょうどそのころ、当時の場長から「カニを育てる部署が空いたが、行くか」と聞かれたのですが、「加工がいいです」と言って断った。そのうち、加工業者さんからの相談のレベルも上がり、商品開発の相談を受けるようになりました。

 

ヒット商品が島原の雇用を生み、企業を救った

—具体的には、先生が携わったものにはどのような商品があるのでしょうか。

大迫:一番最初に売れたのが、海藻を使った麺ですね。海藻を一度アルカリで溶かして、それをカルシウムイオンの中に入れる。人工イクラと同じで、アルギン酸ナトリウムですから、カルシウムが架橋して麺ができるんです。

—それは、海藻を何かに使えないか、というようなから始まった?

大迫:そうですね。それでいろいろ調べたら、戦後の食料難のときに、それに魚粉を混ぜて、栄養食にしていたらしいということがわかりました。開発時には魚粉を混ぜずに、ところてんのような商品にしたのです。それが結構売れた。今も売れています。最初は漁師3人でやっていましたが、どんどん売れ出して、そのうち会社になって、現地の雇用もできた。それが一番最初のヒット商品ですね。

—これ以外にも商品がある?

大迫:アジの刺し身を使ったお茶漬けや魚醤油、牡蠣醤油などがあります。お茶漬けの商品開発をお手伝いした会社は、今にも倒産するか、という切迫した状況から、一気に成長しました。刺し身は生ものということもあり、加工品には入れにくい素材ですが、調味料をうまくコントロールすることで、飛躍的に賞味期限を伸ばすことができたのです。

現場に活きることでないとやっている意味がない

—大学に移った理由は?

大迫:私は10年間水産試験場にいました。通常は3年で転勤だから、10年もいれたのは奇跡的です。3年を過ぎると、来年には転勤か、と毎年気になってきます。そうすると、2年3年先を見据えて、腰を据えた研究をすることができない。企業さんと携わりながら自分のテーマの研究もしていたので、最後までできるだろうかというのが毎年あったのです。そこで、大学のポストに応募しました。大学に着任してからは、全国9社と連携して、商品開発などを進めています。

—先生が産学連携を続けるモチベーションはなんでしょう。

大迫:面白からやっているということと、もう1つは、学生にいいことだからやっているということです。商品開発の話は、学生に話すと目をキラキラさせて、やりたい、と言う。それで、こちらはこういうふうにやってみようという指示をする。しばらく経つと、学生も現場のことがわかってくる。だいたい一通り、商品開発のフローが頭の中に入ります。その話をすると、就職の面接でも強いんです。企業が欲しがってくれる。それが目につく商品になっていることもあって、そうなるとなお嬉しい。会社も嬉しいし、その子の将来のためにもなる。そういう意味では、苦労もありますが、いい取り組みだと思っています。

—現場で求められることと、学術界で求められるものが違うと思うのですが、折り合いのつけ方は?

大迫:まるっきり別で考えています。論文のための研究と、還元するための研究は、別。変に学術的な成果になるようにテーマを変えていくと、結局は折り合いがつかなくなるのです。企業がやってほしいと言っていることを捻じ曲げてやるということはありません。それに、産学連携の活動は、現場のニーズを研究として拾い上げることにも役立っています。実際に、私たちの研究室のテーマの多くが連携の結果生まれてきたものです。

これからやっていきたいことはどんなことでしょう。

大迫:やっぱり、現場に活きることでないとやっている意味がないということです。うちの研究室は、大学の中でも一番現場寄りだと思います。これからもそうやって研究活動を続けていきたいですね。

大迫 一史 さん  Profile

1968年広島県生まれ。九州大学大学院農学研究科修士課程を修了後、1995年に長崎県庁入庁。1997年 長崎県総合水産試験場水産加工開発指導センターに研究員として赴任。 2006年、同主任研究員。2007年、東京海洋大学海洋科学部食品生産科学科准教授(現職)。