離島の挑戦  島根県隠岐郡海士町

離島の挑戦  島根県隠岐郡海士町

日本海に浮かぶ小さな島・海士町には地方が抱える問題が凝縮されている。過疎化や少子高齢化、働き手の不足による産業の弱体化、そこから引き起こされる財政問題。地域課題の解決に理系人材を活用する新たな試みが今、始まった。

理系人材が島の未来を担う

米子空港からバスを乗り継ぎ、境港から、さらにフェリーに乗って3時間。日本海の島根半島沖合約60kmに浮かぶ、隠岐諸島の中の1つ海士町。後鳥羽上皇が流された歴史あるこの島は、今、超少子高齢化や財政問題など地方自治体としての存続の危機に直面している。多くの地方自治体が合併に活路を見出す中、海士町は独自の生き残り戦略を掲げる。課題解決のためには、島の活性化、つまりは人が集まる島づくりができるかどうかにかかっている。 人が集まるためには、産業の活性化、教育の充実、文化の振興、医療の整備など様々な要素が考えられる。海士町は、2つの戦略を掲げて島の再興に挑戦する。1つは、科学技術の活用による地域資源の価値を高め、産業を活性化すること。これにより、雇用を創出する。2つ目は、島の環境教育充実させること。高等教育の充実により若年層の島離れにストップをかけるとともに、新たな人を呼ぶ。これらの戦略の実現に、高度な専門知識を持つ理系人材が求められるのだ。

科学技術で産業を活性化する

岩ガキやサザエをはじめとした高品質の魚介類や畜産物、そして豊かな水資源。海士町が有するこれらの地域資源の高付加価値化を実現するために、科学技術の導入は必須だ。すでに海士町では、地域資源の価値を高めるために、CAS (Cells Alive System)という技術を千葉県のベンチャー企業から導入した。磁場環境において素材の水分子を振動させて水分の氷結晶化を抑え、素材を一気に冷凍するこの技術は、素材の細胞を活かしたまま瞬時に凍結する。島で捕れた鮮度そのままに魚介類や農産物を全国の消費者へ届けることができる。CASは、離島のハンディを克服する武器として第一次産業の復活と農水産物の高付加価値化に大いに貢献しているという。CASのほかにも、海士町では先端技術を活用することで島に眠る資源の高付加価値化を積極的に進めている。地域と学術界・
産業界を結びつけるコーディネーターとしての役割を担う人材が島の可能性を引き出す。

環境教育のフィールド

もう一つの戦略、教育の充実に寄せる海士町の想いは強い。町にひとつある高校を卒業すると、多くの子ども達が島を出る。
これを食い止め、また次世代を担う人材が町の内外から集うような充実した教育制度の確立が望まれる。自然豊かな島全体をキャンパスに、先進的な教育プログラムを提供する「海士人間力大学」構想を打ち立て、全国から地域振興やエコライフに興味を持つ若者が「持続可能なまちづくり」を学びに来る体制を目指す。
また、小・中・高校生への環境教育の場としても島の価値は大きい。実験的な取組みとして、今年の8月には、都市部と島の中高生が海士町でのフィールドワークと科学実験を体験する、4泊5日の体験学習企画が実施された。豊かな自然が育む多様な生物に触れ、離島ゆえの独自の生態系について議論を交わした。豊富な環境教育の素材が海士町にはある。この企画では、カリキュラムの開発・当日の運営に若手研究者が協力した。環境教育に科学的な視点を取
り入れることで独自性を高める。

理系人材の新しいキャリアパス

市町村レベルの地方自治体が、科学技術の導入による産業の発展と、環境教育の推進を目標に理系人材を積極的に雇用する試みは今までにない。 町が求める人材には、研究活動で培った知識と経験、同時に、専門知識を持たない
他の行政担当者や教育現場で先端科学を分かりやすく伝えるコミュニケーションスキルが不可欠だ。
「人口問題」や「財政問題」という海士町の課題は全国の地方自治体が抱える共通の課題であり、海士町の成功は今後多くの地方自治体に向けての先進事例となる。また、そこで活躍する人材も、新たなキャリアの体現者として注目される。まだ誰もやったことのない、新たな分野での挑戦。意欲ある博士号取得者を海士町は待っている。