ガン治療への使命感が推進力

ガン治療への使命感が推進力

事業へと駆り立てたもの

「自分の研究成果を社会で役立てたい」。朝から晩まで実験に明け暮れ、空いた時間で論文やデータに目を走らせる。日々の研究生活では見失いがちになるが、研究者の多くが抱いている想いだろう。
設立から3年で東証マザーズへの上場を果たしたオンコセラピー・サイエンス株式会社の確固たる柱となっているのは、まさにこうした想いだ。「ガン研究のゴールは、ガン遺伝子やガン細胞を理解することではなく、それを通してガンを予防し、早期に発見し、完全に治癒させることである」。臨床医を経てガン研究者として活躍する東京大学医科学研究所(医科研)の中村祐輔教授(現・同社取締役)の考え・研究姿勢に共感した人々が集まり、同社は設立された。新たな知見を発表するたびに、中村教授の元に多くの問い合わせが患者さんやその家族から寄せられる。「研究成果をより早く患者さんへ還元するために事業化は必然だった」。自らも中村氏の考えに賛同し、起業に参画した取締役副社長の中鶴氏は振り返る。

バイオベンチャーとしての強み

同社の特徴は、ガン治療に向けて一貫して自社で取り組むことが可能な組織であることだ。2007年現在、上場している18社のバイオベンチャーのほとんどが事業内容として研究支援技術系か創薬系に分類される。その中で、同社は異彩を放つ。自社で創薬のターゲットを探るための基礎的な研究支援技術から、実際に創薬シーズを同定・最適化していく創薬基盤技術の両方を併せ持っていることで大きな付加価値を生み出す可能性を秘めた企業だ。 同社の独自のcDNAマイクロアレイを用いたヒトゲノムの網羅的な遺伝子発現解析技術で、約3万個にものぼる遺伝子について、臨床サンプルの網羅的な解析を医科研で行う。ここでガン特異的に発現する遺伝子を探索する。 得られた標的遺伝子の機能解析をはじめ、創薬のフェーズへ進展させるための研究を同社が担う。創薬の最終形態として抗体、低分子化合物、ペプチドワクチンの3つにターゲットを絞ってアプローチすることで、スピード化を図る。医科研と密接な連携をとりながらも、明確な役割分担をすることで、こうした一貫した体制をベンチャー企業でありながら築くことがでた。

若手研究者を育てる環境

もうひとつ、驚くべき特徴を同社は持っている。研究事業の柱である抗体、低分子化合物、ペプチドワクチンの3つの研究グループを統率しているのはいずれも30代前半の若手研究者だ。彼らの下、全社員53名のうち、3/4以上が研究に従事する。そして、各グループの研究者もほとんどが20代前半〜30代。しかしながら、若さゆえの甘えや浮ついた雰囲気はそこにはない。 毎月のように行われる中村教授とのディスカッションを通して患者さんや家族の想いを知ると同時に、これまでの経験の全てを賭して事業を行う同社経営陣と共有する時間が、実務経験のない新卒の学生を熱意ある研究者へと変えていく。 多くのバイオベンチャーが即戦力となる中途社員を求める中で、同社の研究人材の大半は修士課程を修了した後、新卒研究員として採用されている。「経験はないかもしれない。しかし、若い人材は柔軟に物事を吸収していく。一緒に仕事をしていく中で使命感を共有できれば、大いに活躍してくれる」。取締役副社長の中鶴氏は、若い力に期待する。 上場したとはいえ、まだまだ駆け出しのベンチャー企業。個々の業績がダイレクトに企業の成長に直結する。この緊張感が若手の成長速度を加速する。