実用化に向けて加速度を増す、幹細胞ビジネスの今

実用化に向けて加速度を増す、幹細胞ビジネスの今

1月の終わりに世間を騒がせたSTAP細胞。再生医療関係の話題に注目が集まる中で、がん化リスクや作成効率に関して初期のiPS細胞との比較がなされ、山中伸弥教授が異例の声明を出すに至ったのは記憶に新しい。その声明にあるとおり、iPS細胞やES細胞は、再現性、互換性、安全性についてこれまで数多くの検証がなされ、現在の幹細胞ビジネスを牽引する技術となっている。本特集では、幹細胞ビジネスとは何なのかを改めて整理し、その現場に立つ企業の実際を紹介する。

法整備後の拡大が期待される再生医療ビジネス

幹細胞ビジネスは、幹細胞自体を臨床利用する再生医療関連と、幹細胞から分化させた体細胞を利用した創薬応用関連とに大別することができる。そのうち再生医療関連は、患者由来の細胞から表皮や軟骨、角膜上皮を培養して移植医療に活かすジャパン・ティッシュ・エンジニアリング、心筋細胞シートによる再生パッチ医療を目指すセルシードやテルモ、またiPS細胞由来の色素上皮細胞を用いた加齢黄斑変性の治療を目指すヘリオスなどがプレイヤーとして挙げられる。また、周辺産業として、医療機関で採取された細胞を細胞加工施設(セルプロセッシングセンター、CPC)まで搬送する際の培地や試薬、培養容器等の消耗品や輸送サービス、CPCの設計・施工・保守・メンテナンス、CPCにおける培養装置、細胞の評価機器、そして培養後の細胞を再び医療施設に搬送する際の消耗品や輸送サービス等がある。

2050年には国内市場3.8兆円、世界市場53兆円まで拡大すると予測されている再生医療および周辺産業市場1。これまでの法制度のもとでは医師法や医療法、薬事法による規制のために、医療機関外で加工・調製・保存を行った細胞を医療に使用することができなかった。しかし、昨年11月の国会で可決された再生医療安全性確保法および改正薬事法(医薬品医療機器法に改称)により、これが可能となった。また新規治療法についても期限付きの早期承認制度が整備されることになり、今後実用化が加速することが期待される。

薬剤評価系の構築により創薬を支援する

一方で、再生医療より先に実用化が進むと考えられているのが、幹細胞を研究段階で使用する創薬応用関連の分野だ。この分野では、患者から樹立したiPS細胞を介してin vitroで疾患を再現し、新規ターゲット分子の探索や薬理効果の測定が狙われている。またすでに系が立ち上がり始めているのが、ES細胞やiPS細胞から樹立した心筋細胞を用いた医薬品候補物質の安全性試験だ。これまで医薬品の販売中止理由の中で、心毒性の発生によるものが19%と最も高い割合を占める。前臨床における動物試験では、ヒトとの心拍数や活動電位の違いにより十分な心毒性の評価ができないことが、この原因として挙げることができる。そこで分化誘導して得た心筋細胞シートを用いてin vitroで活動電位を測定し、薬剤による影響を調べるのだ。これに利用されているのが、培養プレート上に64個の平面電極を配置し、心筋シートの細胞外電位を測定可能なアルファメッドサイエンティフィックのMED64である。

MED64は1997年にパナソニック(当時は松下電器産業)から発売された世界初の多点平面電極システムで、当初は神経活動の解析を目的として開発されたものだった。2003年ごろから心臓から分離した心筋primary細胞を用いた伝搬特性の測定に利用され始め、また2004年ごろからは移植医療を念頭においた試験として、マウスES細胞から誘導した心筋細胞とprimary細胞との共培養時の活動電位測定が行われていたという。

アルファメッドサイエンティフィック代表の慈幸秀保氏は、現状でのMED64の利用について「大学関連は臨床系の研究室で再生医療を目指して心筋シートの伝搬特性の測定といった利用が多い一方で、一昨年ごろからQT延長等の安全性試験や薬理研究に使われ始めています。最近では、全体の比率として安全性試験への利用の方が増えてきています」と話す。また、あくまで自社およびMED64の役割は研究の支援であり、再生医療用の細胞が臨床に入る際には、このような試験の必要がないレベルの安定性が必要であろう、と述べた。

次ページ以降では、幹細胞の培養関連試薬および分化した細胞を販売するリプロセル、そしてMED64を実際に活用して心筋シートを用いた安全性試験の一般化を目指すエーザイの取り組みを紹介していく。幹細胞を取り巻くビジネスのプレイヤーが、現在どのような取り組みを行い、どのような課題を抱えているのか。その現場の声を見ていこう。

1) 経済産業省 製造産業局 生物化学産業課「再生医療の実用化・産業化に向けて」平成25年9月